文化・芸術

リフレッシュ

昨日、『椿姫』を見ていて

ふっと涙が出そうになった時、

いつもの自分では

そのままでは涙が引っ込んでしまうような気がした。

それで、自分に

「泣いてもいいんだ」と

頭の中で言ってみた。

すると、すーっと涙が出てきた。

もちろん、今夜は暑いだけで、

涙が出そう、という状態ではないので、

「泣いてもいい」と自分に言ってみても

涙が出てきたりはしない。

ん~、これは、やっぱり、

今までの私は自分の感情を

けっこう黙らせていたってことかも。

ヒロイン・ヴィオレッタの心情に涙し、

すてきなオペラ初体験をして、

幸せな気分で帰宅したからだろうか、

昨夜は、寝る時に

「よし、明日も頑張ろう」という言葉が

心の底から湧いてきた。

こんな気持ちになるの、

よく考えてみたら、

私の人生でほぼ初めてかもしれない。

そんな気持ちになれたことが

とてもうれしい。

とはいえ、そんな意気込みとは裏腹に、

今朝の清掃でも

私の仕事が遅くて、

みんなに迷惑かけちゃったんだけれど。

どうも、仕事が始まってからの

必死さ加減が、私には足りない気がする。

もっとすぐにスイッチ入って、

わき目もふらず、仕事に勤しまなくてはいけないな。

集中すべきことにすぐに集中できないのが、

自分の問題点の一つなのは確か。

さて、YouTubeでナタリーの歌を聞いて、

また、明日も頑張ろう。

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オペラデビュー

今年の目標の一つとして、

秘かに掲げていた「オペラデビュー」。

今日、トリノ王立歌劇場の『椿姫』で

果たすことができた。

ま、例によって、

生協で申し込んでみたら

買えてしまったから、

ではあるのだが。

朝の清掃のパートをして、

シャワーを浴びてちょっぴり昼寝もして

洗濯物干して出かけたら、

けっこうぎりぎりになって

電車に乗ってから

オペラグラス持ってくるのを

忘れたことに気がついた。

3階の横の席だから、

やっぱり細かいところは

ちょっと見えにくかったけれど、

でも、オペラグラスなんかなくても、

充分楽しめた。

舞台袖の日本語訳に目をやる余裕がないくらい

舞台に集中して、

イタリア語がわからないのに、

涙が出てきた。

ナタリー・デセイ、すばらしかった。

思わず、「ブラボー!」と叫んでしまったし、

カーテンコールで手が痛くなるくらい拍手した。

オペラは最初の出会いが肝心、

と聞いているけれど、

おかげさまでいい出会いができたのかも。

また、清掃の仕事頑張って、

ネコの病院代だけでなく、

チケット代も稼がなくては。

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シャガール展

ネットで応募した展覧会の御招待券が当選した。

東京芸大の美術館でやっている

『シャガール ロシア・アヴァンギャルドとの出会い』である。

妹と待ち合わせて観に行く。

シャガールだけでなくて、

彼と同時代の芸術家たちの作品も展示されていた。

シャガールの絵はわからないなりに面白かったけれど、

私はナターリャ・ゴンチャローヴァという女性画家の力強い絵が

とても気に入って絵ハガキを購入。

シャガールは

私の浅薄な知識ではフランスの画家だったけど、

ロシア(ベラルーシ)生まれのユダヤ系で

なんと1985年の3月まで生きていたとは・・

娘が生まれて間もないころだから、

きっと私は新聞の訃報も見ていなかったのかも。

展覧会の帰り、

芸大のキャンパスものぞこうかと思ったけれど、

立派な守衛所の前を無視して入るパワーがなくて

それは断念。

音楽学部の門から見える立派なイチョウの木を見上げただけで

帰って来た。

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大哺乳類展 陸のなかまたち

妹が、何かに応募して入場券を手に入れた、

というので、

上野の公園口で待ち合わせて

国立科学博物館へ。

テレビの『飛び出せ!科学くん』でもやっていたので、

なんとなく雰囲気はわかっていたけれど、

とにかく、たくさんの動物標本とご対面。

Daihonyuuruiten_riku

こんにちは! シマウマさん・・・

ターゲットが何歳なのかが

若干気になる展示ではあったけれど、

平日だというのに

そこそこの人出であった。

動物の毛にさわれるコーナーがあったのだが、

展示も終わりが近づいているせいか、

みんなに触られて、

すり減ったものばかり。

毛が残っているものは

よほど毛深かったのかな。

見学を終え、

科博内のレストランでご飯を食べたのだが、

あまりの応対の悪さにびっくり。

注文は取りに来ない、

水は来ない、

食後の飲み物は来ない、

私たちのテーブルではないけれど、

後から来た客に、

ずっと待っている人の注文を出そうとする、

いくら、博物館内のレストランだって、

あんまりだ!

素人の私にも、

係の人たちの分担が決まっていないのがわかる。

どうやら、独法でも、

ここは仕分けの対象とならなかったんだろう。

上野精養軒、たるんでるぞぉ!

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花見

今日は友人と

江戸東京博物館に『モンゴルの至宝展』を見に行く。

なかなかおもしろかったけれど、

ざっくり展示物が並べてあるので、

全体として、モンゴルの歴史を描いている

という感じではなかった。

どくろの飾りなんか

おどろおどろしいもののはずなのに、

けっこう間が抜けた顔をしていて

おかしかったけれど。

昼ご飯を食べてから、

江戸ゾーンの芝居小屋前の椅子に座り込み、

友人とたっぷり話をする。

その後、カフェに場所を移して

博物館の横の桜を楽しみながら

またまた話をする。

お土産屋で売っていた

犬張り子のぬいぐるみが

やたら可愛いぞ。

もっとも、

あれは、犬dog じゃなくて

cat に見えてしまうのは

私が、基本は猫派だから?

いろいろ生活に変化がありそうな

新年度が始まったけれど、

とりあえずは、幸先のいい一日であった。

この幸先のよさが

エイプリル・フールであったりしませんように。

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Bravo !

月曜日に鑑賞したバレエ、

子どもたちもたくさん観に来ていた。

お母さんと一緒の

小学校中学年以上の女の子たちが多いようだったが、

私の斜め前に陣取ったのは、

お父さんと小学校低学年の子どもたち。

男の子二人と女子一人。

男の子の一人は

ひょっとしたら幼稚園児かも、

というくらいの感じ。

未就学児の入場はお断り、とあったけれど、

微妙な気がする。

女の子は小学二年生くらい、

その上の男の子は三年生くらいだから、

もし、一番下の子が小学一年生なら、

年子の連続で

小さいころの子育てはたいへんだったに違いない。

さて、この子どもたち、

とてもおしゃれして来ていた。

女の子は着物で髪も結っているし、

男の子たちもブレザー着ていて、

お正月の晴れ姿、というより、

時期をずらして七五三したのかしら、

といった趣。

お父さんの髪型も

脇を剃り上げてあって

後ろで髪をしばっている、

という、いわゆる勤め人にはなかなかいない髪型。

ひょっとすると、踊りが仕事の人なのかもしれない。

S席に子ども3人を連れて行こう、

というのは、

娘とバレエ鑑賞したことのない私には、

ちょっとした決断に思える。

子どもたちも、

何度かバレエの鑑賞をしているらしく、

拍手のポイントを心得ているだけでなく、

「ブラボー!」と声をかけていた。

この子たちは、こうやって

バレエを見る目を育てていくのだなぁ、

と、思うと同時に、

でも、学校でいじめられたりしてないだろうか、

と、気にもなった。

表向き、

人は違いがあって当然、

と言っているくせに、

こういう場面で、

他の人との違いが生む軋轢を心配をしてしまう自分は

けっこう人の目を気にする奴なのかも、

と改めて自分のモノの感じ方に

驚いた。

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キャパ超え

『白鳥の湖』

音楽は心地よく、

心地よすぎて舞台の踊りに集中できず、

つい目を閉じてしまい、

あっと目を開けて

薄暗く青い舞台の上に

白いチュチュのバレリーナが並んでいるのが見えると、

一瞬自分がどこにいるのか

わからなくなる。

舞台では言葉は使われていないわけで

予習しているから話の流れはわかるけれど、

言葉による説明がなくて、

視覚と聴覚だけで

イメージを共有していくのって

ひょっとしてかなり高度な楽しみなのかも。

私は、どうしても「言葉」を手掛かりに

話の展開をつかみたがるので、

これはかなり難しかった。

でも、舞踏会のシーンで

オディールの表情が

なんというか、

王子を必ず「落としてみせる」という雰囲気があって

オデット姫の踊りより

ずっとわくわくした。

それにしても、以前、高校時代に、

学校から歩いて能楽堂に行って、

『松風』を鑑賞したときも

楽しみにしていたのに、

今回のような結果に陥ったことがある。

この時も、『松風』の話の流れなどは

いちおう勉強していったはずなのだが、

言葉がわからない地謡は

心地よい音楽以外の何物でもなく、

やはり夢かうつつか状態で時間が過ぎてしまった。

耳に音楽、

目に踊り、

言葉が存在しない表現は、

どうやら私のキャはを超えたことのよう。

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バレエ鑑賞デビュー

恥ずかしながら、バレエの公演というものを

これまで一度も観たことがない。

生協のチケット案内で

レニングラード国立バレエの案内があったので

チケットを購入してしまった。

『白鳥の湖』

有名な旋律やら、

魔女に白鳥に変えられてしまったお姫様のことなどは

知っているけれど、

ちゃんと全部は知らない。

今日は、上京して観てくる。

去年の今日、

離脱症状で路上に倒れていた家人は

本日は、おおむねまっとうに

過ごしている。

もちろん、彼は

バレエを観たいとは全然思っていないので

私一人で出かける。

マチネーだから、

おでんを仕込んでおいて

いざ出発!

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『大いなる陰謀』

重い、映画だったけれど、

気になった場面をもう一度見ようとして、

結局、通してもう一度観てしまった。

最後の方で、

メリル演じるジャニーンが

タクシーの窓からホワイトハウスなどを観て、

涙ぐむシーンがある。

最初に見たときは、

ホワイトハウスを観て、

アーヴィング上院議員に対する敗北感から

涙ぐんでいるのかと思った。

なにしろ、彼女は、

アーヴィング上院議員が彼女に提供してきた情報が

ホワイトハウス入りを狙う議員の

マスコミに仕掛ける陰謀だと気がついているから、

議員におめおめと利用されはしない、

自分はその件について記事を書くようなことしない!

と言っていたのだ。

しかし、せりふや、場面で明示はされないものの、

臨時ニュースでその話が流れているシーンがあるわけだから、

結局、自説を曲げて、

記事を書いたということが示唆されている。

映画の前半では、

記者と議員は、丁々発止の言葉の応酬を行っていたのに、

現実の苦みを表す場面では

起こった結果だけが映し出されている。

だから、彼女が涙ぐんだのは、

敗北感からだと、私は思ったのだ。

でも、もう一度観ていて、

ホワイトハウス以外の窓の外の風景にも

何か意味があるような気がしてきた。

ただ、残念なことに、

私には、すぐに何だかはわからない。

たぶん、アメリカ人なら、

その景色を見れば、すぐにわかるんだろうと思う。

整然と石が並んでいる。

どうも、墓石のような気がする。

あれ?

アーリントン墓地、というところかしら?

アーリントン墓地、

テレビのニュースで、

訪米した日本の要人が訪問しました、

と何度か聞いた覚えはあるけれど、

それほど具体的なイメージはないし、

塀の外からのアングルの墓地の写真は見たことがない。

でも、私たちが、

どのアングルから映されても

東京タワーは東京タワー、

とわかるように、

アメリカ人、

少なくともこの気難しい映画を見ようというアメリカ人なら、

その場面が何なのかは、

言葉の説明がなくてもわかるんだろう。

そして、そこが、アーリントン墓地であるのなら、

ジャニーンの涙も

もっと深いメッセージがあるんだと思える。

ジャニーンは、

自分の流したニュースにより、

アーヴィング議員の目論見があたり、

世論が対テロを支持し、

若い人たちが戦場に赴いて

死んでいくことになることを改めて認識し、

自分が議員の陰謀に加担してしまったのだ、

という自責の念が湧いてきたのだろう。

映画の大半を、

記者と上院議員、

レッドフォード演じる教授と

才能あるけれど、社会の現実と向き合わない学生の

会話で進め、

弁舌の戦いとは、これだ!

という具合に話を展開しておいて、

結局行動を起こした若者たちは

アフガニスタンの山中で、

議員の陰謀のために命を落とし、

アメリカにいる登場人物たちは、

言葉を失って、どうしていいかわからずにいる、

というのが、表情だけであらわされる、という作り。

私の頭には、難しすぎる・・

でも、お金があれば、DVD購入して、

何度でも、メリルの演技を見直したい誘惑には

駆られる。

ジャニーン自身について語られる部分はそう多くないのに、

画面の中のメリルに

気鋭の記者として活躍してきた女性を

充分感じさせられるのだ。

メリルが、これこれこういう役割の女性を演じている、

というのではなく、

メリル・ストリープの肉体を使って

そういう女性がそこにいる、と感じさせられる。

やっぱり凄い。

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『グレイ・ガーデンズ』

チケットの申し込みをしたときは、

実は、話の内容は考慮していなかった。

大竹しのぶと草笛光子と宮本亜門。

まさに、興行主の思惑どおりに、

チケット申し込んだミーハーである。

チケットが当選してから、HPを見て、

ふ~ん、アメリカのゴミ屋敷の話か、

とわかった次第。

アメリカのゴミ屋敷の住民が、

なんとジャクリーン・ケネディ・オナシスの叔母さんとその娘で、

アメリカではスキャンダルになったらしい。

その二人の暮らしぶりがドキュメンタリー映画になり、

なぜかミュージカルになった、ということと、

1幕目で母親役を演じる大竹しのぶが、

1幕目の設定から20年後の設定になる2幕目では

娘役になり、

母親役は草笛光子が演じる、ということを

予備知識に仕入れて観に行った。

娘は母から逃れようとしていったんは逃げ出したものの、

結局、母のもとに戻り、

ゴミ屋敷で愛憎の入り混じった感情を深めつつ暮らしている。

1幕目の終わりに

美しいドレス姿を見せつけた大竹しのぶが

2幕目ではお腹太目の不思議なファッションで登場するなど

面白い趣向がいろいろあった。

とはいえ、ばたばたと夕方上京した私は、

幕が上がってもすぐには頭が切り替わらなくて

最初は舞台のハイテンションについていけなかった。

今日になって、

大竹しのぶの歌声が頭の中で回ったりしているのだが。

大竹しのぶは、

母親と娘を演じ分けていてうまかったし、

草笛光子はそれを凌駕する存在感があった。

草笛光子の声だけ

マイクを通している感じがしなかったほど。

1幕目で娘を演じた彩乃かなみ(宝塚出身)は

歌がうまくてかわいらしかった。

決して、観た人が元気になります!という話ではない。

舞台の上の年老いた母親が

自分に反発する娘に対して

「ここは私のうちよ!私の好きにして何が悪いの!」と

自分の意向が一番に通されるべきだと主張する姿に

私の母の姿が重なり、

母親の支配する空間から逃れようとする娘の姿に

私自身と娘の姿が重なった。

内容を考えずに観に行くことになったのに、

恐ろしいくらい、私にタイムリーな話だった。

まさに、私自身が娘として母として

いや何より一人の人間として

一人で生きていけるようになれ、

という天からのメッセージのような気がした。

まずは、我が家の『グレイ・ガーデンズ』化を

喰い止めなくては。

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