Al-Anon

昨夜は、明日ちゃんと起きられたら、

隣の県のアラノンのミーティングに参加してみようか、

などと思っていた。

しかし、ものの見事に寝坊。

たぶん、起きる気力があんまりなかったんだろう。

頑張れば、別会場のミーティングにも行けなくもなかったが、

月曜までに終えなければならない宿題があることをいいことに、

結局、一日ヒッキー。

First things first なのか、

ただ怠けただけなのか。

だらだら、ブランチを食べ、

だらだらテレビを見て、

ついに観念して

やっと宿題を終えた。

今日はまだ、誰とも口を聞いていないな。

さびしいといえば、さびしいが、

このさびしさは、

ずっと前から知っているような気がする。

でも、同時に、

自分がまだのぞきこもうとしていない、

というか、その存在も無視している

暗い穴がすぐ隣に空いているようにも思う。

雨の日は、今が何時かわからない。

いつまで待っても、

夫は帰ってこない。

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手を離す

先月、急に新しい仕事が決まり、

先月末に朝一のしごとをやめた。

私の抜けた分の求人がなかなか出ない、

と思っていたけれど、

それも先々週末に出て、

なんだかちょっとほっとした。

新しい仕事の方は、

あっちもこっちも

バタバタしているけれど、

家に帰ると、

何だか、楽な気持ちで過ごしている自分がいる。

今は、週3日半、という契約だが、

4月からは、週5日出勤になる。

となると、今、自分がお金にはならないけれど

関わっていることを

他の人たちに渡していかなければならない。

自分としては、それらの活動を

ライフワークだと思っていたし、

もちろん、これからも関わっていきたいと思っているのだけれど、

確かに、私が今のように頑張らなくてもいいかも、

という気がしている。

ちょっとご大層な言い方になるけれど、

私が頑張ってしまっていたから、

ひょっとして

事態が回らなかったのかもしれない、

なんて、気もしてきた。

自分としては、とても大切なことだと思っていたこと、

誰にも迷惑かけていないと思っていたし、

ちょっとは人の役に立っているとも思っていたし、

私がやらなければ誰がやるんだ、とも思っていた。

でも、仕事をして行くのなら、

それと距離を作らなければいけない。

おぉ!これって、「手を離しなさい!」ってことじゃないのか?!

正直言って、私は、アラノンに通いながらも、

そんなに自分が夫を支配してきたんだろうか、

と、ずっと問い続けている。

子どもの自立を微妙に邪魔していたことについては、

先月、娘を怒らせた結果、

はっきりわかって来た。

でも、そんなにすごかったかなぁ、

とも思わないでもなかったのも事実。

そのうち、こんなこと言っている自分に

愕然とする日が来るかもしれないけれど、

ほんとうに、自分は確かに、

よろしからぬところがあるけれど、

それでもなお、

そんなに強烈に家族を支配しようとしていたか、

と自問自答を繰り返していた。

ん~、その点については、まだわからない。

でも、家族ではないけれど、

確かに、自分がいつの間にか、

唯我独尊になっていた世界があったんだ、

と手離さなければならない事態になって

気がついた。

ハイヤーパワー、こう来たか、ってところである。

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微妙な週末

日本アラノンの30周年パーティと

セミナーがあった。

頑張って、出かけて行ったけど、

正直言って、あれ?

と思ってしまった。

ハイヤーパワーや神の話をするのは

まぁ、いいだろうと思う。

そして、確かに、

日本にアラノンを紹介し

広めた功績は

評価されることだし、

アラノンに来ている人間たちから感謝されることだろうと思う。

でも、パーティのご招待客11人のうち、

創始者の親子が3人入っているたのが、

私としては違和感を感じてしまった。

実際にアラノンに関わった

女性はともかくとして

なぜその息子たちも招待されたんだろう?

彼女と一緒に始めた女性たち全員は

どうして招待されてないんだろう?

創始者たちへの感謝、と言いつつ、

なんだか、個人への感謝や賛辞に聞こえてしまうのは、

なんでなんだろう?

ちょっとざらざらした気分を抱えて

家に戻ったら、

私と食べようと松茸弁当買って

酔った夫が待っていた。

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30周年

今年は、日本アラノンが創立されて

30年なのだそうだ。

今週末には、そのお祝いがある。

30年?

夫と私の結婚生活も、30年を迎えた。

我が家では、

結婚記念日には

ちょっとおいしいもの、

ま、たいがい、夫の好物のすき焼きになるけれど、

食べて、それだけ。

今年は、ふと、

いつもそんな風にやり過ごしてきて、

それでいいのか?

と、ちょっと自問した。

結婚30年といえば、

あれ?メリル・ストリープが

『Julie & Julia』撮っている時に、

結婚して30年とか言っていたぞ。

なぁんだ、結婚生活では、

メリルと2年しか違わないんだ、

と思うと、ちょっと自分がベテラン主婦になったような気分。

そうだ。

他人事であれば、

結婚30年てすごいことだと思う。

なのに、

自分のことだと、

また、いつもの結婚記念日みたいに、

すき焼き食べておしまいか?

いやいや、考えてみれば、

今までの結婚記念日だって、

なんとなく改まった雰囲気になるのが

夫も私も苦手で、

ちゃんと向き合って、

自分たちの生活を祝うことができなかったんだ。

まぁ、「これからもよろしく」くらいのことは

いちおう、私は言っていたけれど、

夫はそういうことは

やり過ごしちゃいたい、という感じで

いつも流されてしまっていた。

別に花束がほしいわけではないけれど、

それって、

ひょっとして、自分たちの結婚を大事にしていない、

と言うことになるんじゃないか?

でも、私は私で、

自分が改まって何かを言っても、

結局、夫に流されてしまうと、

自分が傷つく、という気持ちがある。

それで、

私も、自分たちの記念日を

ぞんざいに扱うようになっていた。

さて、それで、

今年はどうする?

まずは、ちょっと贅沢な牛肉をネットで注文。

それから、なぜかCDがあった

いきものがかりの『ありがとう』の歌を

何日か練習した。

歌詞は、CDについているものだと、

老眼世代には小さすぎてきついから、

A4にタイプして、プリントアウトした。

結婚記念日当日、すき焼きを食べる前に、

テレビをいったん消すように頼んで、

歌詞を夫に渡し、

CDのカラオケを流して、

ところどころ見事に音をはずしながら

『ありがとう』を歌った。

夫は、「『ゲゲゲ』の歌か。」と言いながら、

歌詞カードを見ながら

私の歌を聞いていた。

私が歌い終わると、

夫は拍手して、すぐテレビをつけた。

ばかばかしい、と言われるかも、

とも思ったし、

自分でもいい年をして、

と言う気持ちもあった。

でも、人生で一度くらい、

あなたとちゃんと人生を歩いていくつもりだ、

という表明をしてもいいか、

と思ったのだ。

そう、まだ、自分は夫と一緒の部屋にいることが

辛くはないのだ。

ちょっとつらく思う日も

かつてはあったようにも思うし、

自分が床に就くのが遅いのは、

自分の気持ちに無自覚で、

無意識のうちに

そういう気持ちが表れているのかもしれないけれど、

でも、今、自分の気持ちを確かめてみると、

とりあえず、敢えてこの関係をなくすつもりはないのだ。

で、あるなら、

そのことを表明しよう、

と思ったのだ。

そして、表明して、それを流されても、

自分は傷つかない、

とも思ったのだ。

ぐずぐず、なぁなぁで、

物事が自分にまぁまぁ都合よく流れてくれるのを幸いに、

けじめをつけたりすることを逃げてきた自分から、

少しは脱却できたんだろうか。

贅沢な牛肉は、やはり、おいしかった。

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今朝がた見た夢、

例によって

細かいことは思い出せない。

思い出せないけれど、

やっぱり

ちょっとは困ることが起こっていたような気がする。

ただ、困ったな、とは思うものの、

そのことで

夢の中で行き詰ったりはしていない感じ。

今日の夢の中には、

我が家のネコも出ていて、

もう一匹、猫ではないけれど

なにかネコよりは体が少し大きい動物といっしょに

楽しそうにしていた。

昨夜寝る時、

かまってくれ、かまってくれ、

と鳴いていたのを、

「ごめん、明日の朝、パートだからねぇ」

と放置して寝たので

気が咎めていたのかもしれない。

ネコが楽しそうにしていて、

とてもうれしかった。

私の見る夢の

どこがどう変わったか、

と説明するのは難しいのだけれど、

なんだ、薄皮を一枚一枚剥くように、

雰囲気が明るくなってきているような気がする。

とりあえず、アラノンのミーティングに出ること、

ちょっとだけでも

毎日アラノンの本を読むこと、

しかしていないけれど、

なんだか、

少しずつ、自分が良い方向に向かいつつあるような、

そんな気もする。

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ビョーキ

子どものころ、具合が悪くなって床に就くと、

私の場合、

必ずもっとひどくなってからでなければ、

回復しなかった。

母も妹も、具合が悪くなって寝れば、

それからどんどん良くなるのに、

どうして自分は、

それからまた悪くなるんだろう?

と、不思議だった。

かなり長じてから、

整骨院の人たちに、

あなたはかなり丈夫にできていて、

無理がため込めるから、

具合が悪いのが自覚されたときは、

普通の人では

もうとっくにどうにかなっている状態だから、

治るのに時間がかかる、

と言われた。

そんなことを言われても、

私自身ではどうしようもないことだから

「そうなのか」と思うしかなかったが、

寝ることにしてから更に具合が悪くなるのは、

尋常でなく参っているからだったのかも、

と思えてきた。

さて、定期的にアラノンに通い出して

10か月。

夫がアルコール依存症なのは事実だけれど、

正直、

たとえ、自分が病んでいるとしても

そんなにひどくはない、

と思っていた。

でも、近頃、

何だか、以前より

自分が悪くなっているような気がすることがある。

ちょうど、子どもの頃、

寝こむと、症状が悪化した時のように。

気をつけているつもりで、

辛口すぎるコメントがつい口をつく。

前は、仕事をしている時は、

夫のことなど

すっかり忘れていられたのに、

ちょっとした口論の後、

仕事の最中なのに、

夫のことが気になったりする。

今まで、うまく、処理できていたことが、

だんだん処理できなくなっているような感じ。

なんでだろう?

今までは、ただ、うやむやにしていただけってことだろうか?

「手から離す」と「うやむやにして考えない」というのは、

違うことなのかもしれない。

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一体性

先日、アラノンの本を読んでいたら、

「子供のとき、一体性ということは

 私にとってがいこくごであった。」

という文があった。

「自分の家族と一体を感じる代わりに、

 私は孤立感におそわれ独りぼっちだった。」

この文を読んで、はたと考えた。

「自分の家族と一体を感じる」?

・・・考えてみたこともなかったけど、

感じたこともなかったかもしれない。

なんて、今頃思うのだから、

私の病も、膏肓に入っているらしい。

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おまじない

今さらなのだが、

昨夜、アラノンの本を読んでいて気がついた。

アラノンはのステップ踏もうが踏むまいが、

人生の嵐そのものは消えるものではない、

ということ。

アラノンは、

嵐に振り回されないための知恵であって、

嵐を納めるおまじないではないんだってこと。

巡り巡って、

嵐が収まる可能性もあるけれど、

それは必ずそうなるっていうものではないんだ。

自分は、心のどこかで、

ステップを踏むことと

嵐が収まること、

リンクさせていた。

そうだ。

どちらかといえば、

嵐はまだまだ続く、

と腹を据えた方がいいのかも。

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無力

夫の痛風は、痛いところが移動するらしい。

先週は脚が痛かったが、

今週は腕が痛い、

という彼の話を聞きながら、

「だって、体に悪いことしているじゃない」

と、つい思ってしまう。

夫の話す声が擦れていると、

仕組みはわからないけれど、

飲む量が少なくて、声が擦れるんだ、

と思ってしまう。

彼が飲んでしまうことは、

私にはどうしようもないことだ、

ということは、

充分理解できているつもりだ。

でも、どうやら、まだ全面的には

そのことを受け入れられているわけではないらしい。

飲んでしまった夫の姿を見て、

まだ、「飲んでるお前は悪い」という気持ちが

湧いてこないわけではない私。

アルコールに対して無力、

夫も私も無力なら、

「弱いモン同士」という気持ちになるはずなのに、

「悪いのはあなただよ」という思いが

まだ、くすぶっている。

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変化

アラノンに行き始めて一年過ぎた。

何がどう変わったのか、

自分ではまだよくわからない。

でも、明らかに、夢の雰囲気が変わってきている。

夢の中で追いつめられることがなくなった。

もちろん、夢の中では、

相変わらず目的地に着けなかったり、

何か困ったことが起きているのだけれど、

でも、気持ちがすごく楽。

ふだんの生活の中でも、

今から思うと拘りすぎてやれずにいたことを

さらりとしている自分に気がつくことがある。

何が何してそうなのか、

さっぱりわからないのだけれど。

そもそも、初めの自分の状態が

きちんと認識できていないのだから

変化がわかるわけもないのだけれど。

なんてったって、

アラノンのミーティングに出席しながら、

ときどき、

どうしてアラノンに来ているんだろう?

と思う私なのだから。

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