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2011年4月

『レイチェルの結婚』

今日は、久しぶりにのんびりした週末。

午後には出かけるつもりだったのだけれど、

疲れが腰に出たようで、

出かけるのもしんどくなってしまったので、

夫がいぎたなく寝ているのをこれ幸いと、

ずっと手元にあったネットレンタルのDVDを観ることに。

『プラダをきた悪魔』のアン・ハサウェイが主演の

『レイチェルの結婚』。

姉、レイチェルの結婚式に戻って来た

麻薬から回復中のキム。

物語の初めの方で、

キムが「集会にもいかなくちゃ」というところがあり、

ぼんやり「何の集会かなぁ」と思っていたら、

なにかの自助グループの様子。

あれれ、と思ってみていたら、

グループの人が

「1 We admitted we were powerless over addiction

that our lives become unmanageable.」

とか言う。

ちょうどこのあたりで、

夫が起きてきたので、

いったん止めて、

もう一度巻き戻して、「集会」のシーンを

頭から見る。

こ、これはやはり、と思っていたら、

「God grant me the serenity ・・」

と、映画の中の会場のみなが言い出すではないか。

目をつぶって、私も一緒に平安の祈りを祈ってしまった。

映画のエンドロールでは、

「12step meeting」と書いてあった。

アン・ハサウェイが出ていて

ちょっと新聞評が気になっていたから、

と言うだけで借りた映画だったけれど、

こんなところでハイヤーパワーのこと考えるなんて、

と、不思議な気がした。

キムが薬に依存した背景や

レイチェルの妹への複雑な思い、

しんどいテーマだけれど、

暗くはなりきらないのは、

やはり、レイチェルの結婚式が無事に

終わるからだろうか。

結婚式の翌日、

キムが施設に戻った後、

レイチェルが夫のシドニーたちのところに

近づいていくラストシーン、

その後ろ姿が新妻のものというよりは、

小学生くらいの子どものもののように見えるのは、

母の愛を求めて得られずにいる姉妹の心を

象徴的に表しているのかも。

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ねがはくば

今年は桜の話題がひっそり始まったような気がする。

世の中、桜前線の話どころではなかったけれど、

さすがに東北地方に桜前線が北上したら、

それはそれでニュースで取り上げられている。

私の住んでいるところでは、

まだどこからか、少し桜の花びらが舞っては来るけれど、

桜はもうおしまいになった。

代わりに、花水木が咲き始めたけれど。

職場の部屋からは、桜がよく見えた。

実は、今の職場は、

私にとって、20年以上、

御近所で最高の花見場所のすぐ近くなのだ。

昼休みは、桜の下でお昼ごはん。

花を見上げながら、

ふと、西行の歌を思い出した。

 願はくは花の下にて春死なむ

  そのきさらぎの望月のころ

桜の花の下で死ぬのも、

確かに悪くないかも。

でも、そこが一番の希望かといえば、

そうではない気もする。

なら、自分は、どこで死ねたら、

うれしいのだろう。

考えてみたら、

死に場所は、十中八九、

病院のベッドって思うと

何だかがっかりだ。

実現できるかどうかは別として、

どこで死にたいか、

ちょっと考えておこう。

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