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2010年11月

あちらもこちらも

当初の予定では、

娘の彼氏のご両親との

ご会食があるはずだった週末、

娘は、微妙な心のまま、

実家に滞在。

娘が彼氏に対して抱いている

もやもやした気分について聞いていると、

彼女はやっぱりACだなぁ、と思うし、

彼氏の方も、どんな理由によるかは知らないけれど、

機能の不全の家で育ったんだなぁ、

という気がしてしまう。

片や、その週末、

母と妹は京都に紅葉を観に行っていた。

母が、京都の紅葉はきれいらしいね、

と言ったのを聞いて、

妹が旅行を計画して出かけたのだ。

妹は母を引率する気満々、

母は母で

妹がお膳立てしてくれたから

自分では特に何も考えずに

それに乗って。

別の見方をすると、

母が「京都」と言っただけで、

親孝行な娘が母のために旅行を計画し、

それほど真剣に発言したわけでもない母は、

何だか流されて旅行に行ったわけだ。

あ~、こんな言い方するなんて、

意地悪な私である。

幸か不幸か、

私の方はご会食の予定があったから、

急な旅行の計画は傍観者だったから、

よけいに意地悪くなる。

自分の立てた計画に沿わない母に腹を立てる妹も、

きちんと違和感を表明できずに

帰りの新幹線でプッツンした母も、

昨日不全の家庭で育った人としてみれば、

なんてすっきり説明できてしまうのでしょう。

娘は

「お母さんにかかると

  誰でも彼でもACになっちゃう。」

と憤慨するけれど、

ほんとに痛々しいくらい、

みんなACの特徴を発揮している。

だから、理屈で言えば、

私もACの特徴を発揮しているはずなんだけど、

え?私はそれほどひどくないよね、

とか思っている。

ん~、~、~。

はたから見たら、

いちばんアホなのが

私なのかもしれない。

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延期

今週末は、娘の彼氏のご両親と会食、の予定だった。

それが、延期になった。

発端は小さなことだったらしい。

ただ、自分が学校のことやマリッジブルーでナーバスになっていることに

無自覚だった娘は、

必要以上に彼氏の言葉に反応して

会食キャンセルを宣言してしまったらしい。

彼氏の方も、

やはり自分のことでいっぱいいっぱいで、

それなら自分の親に謝れ、

とテンパッてしまったらしい。

私としては、

そんな風に相手の言動に反応し合っている二人が

形式上は手続き踏んで結婚にむかってしまうことに

なんとなく違和感を抱いていたから、

ここで、ちょっと立ち止まるのは

悪いことではない気がする。

親なら、

そんな失礼なことをするのはいけない、

と会食を行うことを主張すべきだったのだろうか。

娘も彼氏も、

ぎくしゃくした気持ちのままで

会食をしたって、仕方ない、

と思う一方で、

二人が気を取り直して、

予定通り会食、ということにならないかな、

とも思った。

私には、何がよいか、ほんとうにわからなくなった。

それで、傍から見て愚行であっても、

娘にとって一番良い選択を

彼女がしますように、

と、祈った。

夫は、「バカ娘が」

と言っている。

しかし、

他人から見たら愚かに見えるこのできごと、

なんだかとてつもなく、

大きな意味があるように思う。

娘にも、私にも、夫にも、

そして、

娘の彼氏にも、そのご両親にも

ハイヤーパワーから「考えよ」という

メッセージがあったのだ、

と私は感じている。

自分のことに関して、

なんとなく、ぬらりくらり、

そんなにひどいことにはならないって

思って過ごしてきたけど、

こんな形で私に底つきが訪れたのかもしれない。

会食は延期になり、

娘は、相手の親御さんに詫びの電話を入れたらしい。

とりあえず、もう少し、時間をかけた方がいい、

と思いつつ、

やっぱり私も辛い気持ちになっている。

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『娘は娘』

アガサ・クリスティー『娘は娘』

「若くして夫と死別したアンは、

持てる愛情のすべてを注いで

一人娘セアラを育ててきた。

だが、再婚問題を機に、

二人の関係に亀裂が。」

という紹介文。

そして探偵ものではない、

アガサ・クリスティーの作品。

母と娘、というテーマは、

娘としても母としても

私にはいつも気になる。

生協のチラシに出ていたこの本を

注文して手に入れたのは、

もう半年以上前。

先日、やっと読み始めたら、

夜更かししてまで読んでしまう

おもしろさ。

小説を読んでいるのに、

映画か舞台でも観ているような気になる描写。

会話が多いからかもしれないけれど、

会話が多い小説すべてが

映画を見ているような気になるわけではないから、

やはり、筆の力、ということになるのだろう。

描かれている人物たちは、

必ずしも賢明とは言えない行動をとるのを、

「大人」の目で描かれている、

というのが一番の感想。

まぁ、賢明な行動をとる人たちを描写した小説では

あんまりおもしろくもないわけだけど。

後半、娘のセアラが、大麻中毒になり、

でも、回復していく、というのが、

さらりと書かれているのだが、

ん~、確かに、この話の狂言回し役の

デーム・ローラのような人が知り合いにいたら、

私も回復できるかも、

という気がしてきた。

アガサ・クリスティーって

人間観察力がすごいなぁ、

と思ったのだけど、

ちょっと待て。

私、映画とかでは見たことあるけど、

クリスティーの作品、

探偵ものも、これまで読んでいなかったっけ。

私って、タイトルばっかり知ってはいるけど、

ちゃんと読んでいる本は

ずいぶん少ない。

いろいろな本について、

タイトルだけ知っているのと、

タイトルも知らないのと、

その本を読んでいないということでは

何ら変わりないわけだ。

そのくせ、

タイトルも知らない人を見ると、

「へぇ、知らないんだ」なんて思ってしまう私。

上っ面ばっかりで

中身がないのが、

私の正体なのかもな。

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ノロ

夫の食欲が、以前よりも落ちて来ていた。

寝言も多くなり、

去年は一度もしなかった歯ぎしりが

復活した。

なんだか、倒れて入院した直前の状態に

近づいているような気もする。

食欲がないだけでなく、

食べた物を吐いてしまうこともある。

この前から、お粥ばかり。

ああ、とうとう、酒で体も壊れてきたんだ、

と思う。

自分が悪いんだから、

と、同情する気にもならない。

でも、また、あのころの状態に戻るのかと思うと

やはりいい気持ちはしない。

先日も、8時半ごろ、私が出かけるときは、

まだ起きてこなくて、

ああ、これは休みそうだな、

と思っていたのだが、

3時ごろ、私が帰宅すると

夫の車がなかった。

何か、職場で緊急の用件でもあって出かけたのか、

と思ったが、

緊急の事態に対応できるような体力も

残ってなかった様子だから、

それは、あくまで、私の希望的推測であった。

真相は、毎月かかっている

腎臓関係の病院に行ったのだった。

で、帰宅して開口一番

「○○病院に行ったら、

ノロがまた流行っていて

 どんぴしゃりだって。」

な~るほど。

近頃の体調の悪さは、

すべてノロウイルスのせいだ、

ということになったのね。

確かに、胃腸の具合がよろしくないのは、

ノロが原因と言えば、

すんなり説明がつく。

去年も確か、ノロにやられていたよね。

私はやられなかったのに。

今年も、同居人の私は、

さっぱり平気。

やっぱり、体力落ちて

免疫力が落ちているんだろうな。

冬が近付いてきたこんな時期に、

夫のお腹の具合が悪くて

元気がなくなっていくのが、

ものさびしいだけでなく、

何かの終焉を感じてしまうのは、

やっぱり、私の感じ方がおかしいのかな?

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子機

一昨日、娘が所要があって、

一晩だけ帰宅。

その晩、1階で、

娘と私が話しこんでいたら、

2階でパタンパタン、どってん、と物音が。

酔って足元のふらついた夫が、

こけたのだろうと見に行ったら、

電話の子機の載っている台

(結婚のときに、伯父にもらった鎌倉彫の花瓶置き、だけど)に

体当たりしていた。

もちろん、夫は、自分が何をしたのか、

よく飲みめていなかった。

とりあえず、倒れた台を起こして、

外れて落ちた子機を

元に戻してその晩は

何も気がつかずに終わった。

昨夜、娘を送って行って、

これから帰るぞコールをしたとき、

異変に気がついた。

電話を受けた夫は

雑音のせいで何も聞こえなかった、

という。

私の方からすれば、

夫の声は聞こえていたから、

夫に雑音以外何も聞こえなかったというのが、

夫の耳がよくないので聞こえなかったのか、

子機の調子が悪くて聞こえなかったのか

はっきりしない。

しかし、子機の調子が悪いのは確かだった。

そのことを、半ば忘れて、

今夜、母に電話をしようとしたら、

子機が全然使い物にならない。

何カ月か前にバッテリーを交換したが、

まるでその交換前の時のように、

さっぱり仕事をしてくれない。

バッテリー入れなおすだの、

マニュアルに書いてある方法はみな試したのに、

ちっとも元に戻らない。

夫がぶつかったときの影響なのは明らかだ。

そう思ったら、

なんだか、やたら腹が立ってきた。

今夜も、夫の頭は、もうピンボケ状態になっているのだから、

今話しても、意味がないのはわかっている。

意味がないどころか、

今、そんな話をするのは、

あまり感心するやり方ではないのも、

わかっている。

でも、なんだか、

無性に夫を責めたくなる。

無駄だろうと思いながら、

もう一度バッテリーをはずしながら、

「なんだよぉ。おまえのせいで、子機がこわれたじゃないか。」

と、つい言ってしまう。

なんて自分は子どもじみているんだ、

とあきれながら、

これまで、こんなこと、

思っても口にしなかったのに、

なぜ、今の自分は口にしてしまうのだろう、

と、ちょっと不思議にも思う。

そう思いながらも、

私の気持ちはますますいらいらしてきて、

寝っ転がって

「いやだいやだ」と

手足をばたつかせたくなる。

なんで、自分が、こんな状態になるんだろう。

こんなことする、自分は、我ながら情けない。

けれども、ほんとうは、ひょっとして、

これまでも、そうは思っていたのだけれど、、

表に出してはいけないと

自分で自分を抑圧していたのかもしれない。

それが、少し、自分の感情を出せるようになってきて、

こんな未熟な反応をしているのかもしれない。

なににせよ、

こんなときは、平安の祈り。平安の祈り。平安の祈り。

子機が使えなければ、

親機で電話すればいいんだし。

子機のことは、

また、明日にでも調子を見て、

対応を考えればいいんだし。

他にも、今夜中にしなければならないことはあるのだし。

第一のことは第一に、

と、しなければならないことを

なんとか片付けたら、

いらいらした気持ちは

少しおさまって来た。

それにしても、

突然、顔を出した、私の中の駄々っ子に、

かなり戸惑いを感じてしまった

今日の夜だった。

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そうだ、玄米を食べよう

なぜだか、ふいに、

「玄米だ!」と頭に浮かんだ。

近頃、夫の食欲がなく、

夫が残さないように、など思いながら

料理を作っていると、

どうも、私自身は物足りない。

夫が食欲がないのは、

本人によれば、

風邪気味だから、

ということだけれど、

体調の悪さが

ほんとに風邪かどうかは

私にはわからない。

それに、一緒に食事をする人間が

あまりに偏った食べ方をしていると、

私自身の食事が

それなりにバランスが取れているのかも

わからなくなってくる。

特に、パートの仕事が終わった後など、

ものすごく疲れてしまって、

甘いものを食べたりしても、

なんとなく、自分の体が欲しているのは、

これじゃない、

何かが足りない、

という気がしてくる。

一体何が必要なんだろう、

と考えていたら、

ふいに、最近、玄米食べてないぞ、

ということに気がついた。

私は、玄米は無水鍋で炊くのだが、

無水鍋の説明書には

3合の玄米の炊き方の分量となっているので、

どうしても3合炊く。

夫は、玄米は決して食べようとしない。

もちろん、3合の玄米、

ひとりで一日でペロリとは食べられないから、

結局、ちょっとずっに分けて冷凍する。

一方、玄米があると、

私は白米は食べないから、

夫用に炊いた白米も

さすがに1合ずつは炊くのは、

光熱費の無駄のような気がして

3合炊いて、少しずつ冷凍する。

この、ご飯を小分けにして冷凍にする、

という作業は、疲れていると

超、メンドクサイ。

やっぱり、慣れないパートの仕事で、

ちょっとバテテいたのだろう。

いつの間にか、玄米は炊かずに

白米だけ炊いていたのだった。

パートの日数を減らしてもらったからか、

なんとなく、

今月は、少し気が楽である。

それで、ふと、玄米のこと、思い出したのだった。

昨日、3合炊いて、おにぎりにして、

たくさん凍らせた。

今日の分は、味噌を塗って冷蔵庫に入れておき、

朝、チンしてから、

ちりめんじゃこまぶして食べた。

そういえば、朝食からみそ汁が消えて、

何カ月にもなるような。

朝ご飯、夫がご飯ではしんどそうになったので、

結婚30年にして初めて、

朝食をパン食に切り替えたのだ。

ああ、こうして書いてみると、

私って、自分の好きなモノとダンナの状態にあったモノ、

だったら、

けっこう、旦那に合わせて食事してるんだなぁ、

と気がついた。

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5歳児と走る

今日は、町内の秋祭り。

ちょっと用事があって、

家に戻ろうとしていたら、

ご近所の女の子がトイレに家に帰りたがっていたので、

付き添うことに。

子どもにとっては、

緊急事態であろうから

速足で歩いてみるけれど、

早過ぎないかしら?

など、ビミョーに気を使っていたら、

子どもの方が

けっこう本気で走りだした。

で、こちらもそれに付き合って走る。

子どもに、「大丈夫?」

など、声をかけながら

5分くらい走ったわけだが、

この早さが、なんというか、

ちょうどよかった。

走った直後は、少し息が切れたが、

へばりはしなかった。

私の走る力は、5歳児とおんなじってことかな。

さすがに、元気は負けるけど。

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陽気のせい?、それとも・・

今日、午前に二つばかり予定のお出かけがあり、

午後に、この秋からの仕事をしての帰り道、

本屋の梯子をした。

一軒は、近所の某大学の中の書籍部、

もう一軒は、Wonder Goo。

手帳のリフィル、

私がほしいメーカーの製品はどこにでも置いてあるのに、

私がほしい種類は、見つからない。

去年はあったと記憶している本屋にもなくて、

今日、最後の望みで、その二件に立ち寄ったのだけれど、

結局なかった。

この際だから、

どこにでも売っているタイプに変更しようか、

とも思うけれど、

今の手帳の使い方が気に入っているので、

やっぱり、送料覚悟でネットで買うしかないかな。

お目当てのモノがないとわかったら、

Wonder Gooでは、がっかりしたのか、

急に疲れが出てきた。

昔は、このくらいの用事済ますの、

何ともなかった気がするのだけれど、

これは、陽気が微妙なせい?

それとも、やっぱり、

加齢に伴うなんとか、

なんだろうか。

実のところ、

一昨日の夜、

自分の中のよろしからぬものの存在に

ふっと目が行ってしまってから、

どうも元気が出ないんだけれど。

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