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寝顔

うろ覚えなのだが、何かの本に、

「アルコール依存症になる人に共通する生育歴はないが、

アルコール依存症を伴侶とする女性には

共通の生育歴がある」

と言ったようなことが

書いてあった。

そういう女性は、

たとえアルコール依存症のパートナーと別れても

また、同じような人を相手に選ぶ、

といったようなことも。

もし、それが正しいのであれば、

私は、夫と結婚していなくても、

結局アルコール依存症者のパートナーと

暮らすことになったのだろうか?

ときどき、

自分は、反社会的な行為をしてきたわけでもないし、

他の人を意図的に傷つけてきたわけでもないのに、

なんだって、

夫がアルコール依存症になっちゃったりしたんだろう、

と思わないでもない。

まぁ、「自己憐憫」というやつでしょうが。

この前の夜、ふと、気がついた。

私という人間が

アルコール依存症の人間と親しくなるように

歩んできているとしても、

なぜ、そのアルコール依存症者が

夫なんだろうか。

正確な数字など、

誰も知らないだろうけれど、

アルコール依存症者って

世の中に、かなりの人数いるに違いない。

アルコールじゃなくても、

何かの依存症になっている人は

相当数いるんだろうと思う。

その中で、

数多くのアルコール依存症者の中で

この夫と私が出会って、

今日まで暮らしてきたことが

無駄なこと、意味のないことだとは

思えない。

思いたくないだけなのかもしれないけれど。

この前、テレビで

「人間は奇蹟そのもの」という

井上ひさしの戯曲のせりふを紹介していた。

であるのなら、

夫と巡り合ったのも奇蹟か。

その夫が、

飲酒によって、痛風が悪化し、

脳が壊れて行っているのに、

酒をやめようと思い定めるに至らなくても、

私がその傍らで暮らしていくのも

一つの奇蹟か。

それにしても、

なぜ、私たちはアルコール依存症者と

暮らすことを選んだのだろう。

ひょっとしたら、

このパートナーとともに

再生する機会を見つけよ、

という天の声なのか。

人生の起こることは

全部意味がある、

とかいうけれど、

きっと、アルコール依存症者の配偶者がいるということも、

何か、私の人生に

大いに意味のあることなんだろう。

そうでも思わなきゃ、

やってられない気もするけれど、

この男と一緒に

まっとうな自分を取り戻せ、

ということなのだろうか、

と、夫の寝顔を見ながら思った。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

この記事、とっても考えさせられてしまいました。

私の離婚した夫はアルコールも煙草も薬も一切しません。
いまではよき友人ですし、誰よりも信頼しています。

だけど今の彼に引きつけられたような「何か」が夫にはなかったのも確かです。
考えてみれば、私は大恋愛を3回しました。
そして3人ともアルコール依存症です。
その他のまっとうな人たちとは長続きしませんでした。
唯一の例外が元夫です。けど離婚。

だから同じような相手を選んでしまう、というのはあながち嘘ではないかもしれませんね。

今の彼も飲酒によってさまざまな病気_高血圧、ぜんそく、関節炎など_が悪くなっているにもかかわらず、飲酒量は増えています。病気は怖い、だから忘れたくて飲む。脳にも相当来ています。

>この男と一緒に
>まっとうな自分を取り戻せ

ということなのかもしれませんね。
私もそう思いました。
そうでも思わなければやってられないかも。

投稿: 和 | 2010年7月12日 (月) 13時49分

和さん お久しぶりです。

そうなんです。
「そうでも思わなければやっていられないかも。」なんです。

我が家の冷蔵庫が、自動で製氷して氷を補充する音が聞こえると、つい反応して、気持ちがざわついてしまいます。

私は全然氷を消費していないし、製氷用の水も補給していないので、そんな風に氷が作られているというのは、もう一人の住人が氷を消費している、ということになるからです。

「手を離そう、手を離そう」と思っているはずなのに、氷の音に反応している自分にびっくりしてしまいます。

どうやら、やっぱり自分はまだ「アルコールに対する無力」さえも、受け入れられていないのかもしれません。

夫の脳の老化はひどく進んでいるし、痛風もよくなる気配はありません。脂肪肝にもなったようです。知識として飲酒がどれだけ自分の体に害を与えているかはわかっているはずなのに、アルコールに支配された脳は飲酒行動を優先させている。

そんな男と、情が通う瞬間があるとはあまり期待できないのに、やはりなぜかそのことに執着してしまう自分。

ちょっとはまっとうな人間になれる、という希望がなければ、ほんとやっていられません。

投稿: kurulimpa | 2010年7月14日 (水) 17時41分

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