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2010年7月

今日で七月も終わり

今日で七月も終わり。

一か月前の自分と

今の自分で

何かいい変化をしただろうか?

わからないなぁ。

生活のレベルでは、

もともとの仕事が毎日あるので

さすがに規則正しくなった。

そのほかではどうだろう?

そういえば、この前、

テレビで「日本の夏」という意味のフランス語を聞いたとき、

私のかすかなフランス語力でも

これは言うことができる、

と思ったのと同時に、

この発音、今の自分には再現できない、

と急に気がついた。

知識として理解できているけれど、

今の自分の口や頬や舌では

この音は出すのは無理。

娘に話したら、

そのことを自覚できるっていうのは、

お母さんが進化し続けているってことじゃない?

と言ってくれたけれど、

できないってことを受け入れるって、

やっぱり残念な気持ちだ。

 自分にはできないことを受け入れる落ち着き

まだまだ私には足りないようだ。

ということがわかったのが、

進歩と言えば進歩なのかも。

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ダブル

今は、もともとの仕事の方も

ちゃんといちおう、毎日あるので、

いわば「ダブルワーク」状態。

全然タイプの違う仕事なので、

毎日メリハリの利いた生活ができている、

といえばそうだが、

やっぱり、しんどいことはしんどいや。

新しい仕事は、

どうもまだ要領が悪い。

もともとの仕事は、

ちょっとブランクがあったものの、

何だか、以前より要領よく進められている気がする。

忙しいというか

疲れているというか、

仕事をしていないとき、

ふと、自分がどこにいるのか

わからない気分にもなる。

ちょうど、夜中にトイレに行ったとき、

ネコがじゃれついてきて

廊下で相手しているうちに

そこで寝てしまい、

気がついたとき、

自分がどこでどっち向いて寝ているのか

わからないときのような気分。

(喩が、やや異常行動めいているけど)

来月の半ばには、

もともとの方の仕事は

また一区切りついてしまうから、

悩みも収まるかもしれないが。

それにしても、

やっぱりダブルワークは

体が資本、としみじみ思う

今日この頃。

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体調

今朝は、

久しぶりに少し暑くない朝だった。

でも、それだけに、体がだるい。

暑ければ暑いでしんどいし、

少しばかり涼しくなればなったで、

だるいし、

どうも、体が、この夏と付き合うので精いっぱい、

という感じ。

昨日は、ネコが

私が寝室の奥の

いわゆるクローゼットに入った時に

こっそり入ってきていたのに気がつかず、

出かけてしまった。

3時半ごろ、帰宅した時、

どこからか少しちいさめながら

必死の鳴き声がするので、

「よもや!」と思いつつ、

引き戸を開けたら、

「這這の体」といった様子で

ネコが出てきた。

粗相もしていないようだったが、

6時間近く水も飲んでいなかったわけで、

大丈夫か、心配したけれど、

それほど体調に変化はない様子。

少し、甘えんぼさんになって、

私の傍に来たがってばかりいた。

人間もさることながら、

ネコの熱中症にも気をつけなければ。

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あわや・・

母との電話は、日課になっているものの、

ときどき、母の話が細かい内容過ぎて、

流して聞いていることがある。

昨日も、どこぞに出かけてから、

また真昼間に

どこぞで麺つゆが安かったから

買いに出かけた、

などという話だったので、

うんうん、とメールのチェックをしながら聞いていた。

すると、母が家に戻ったら、

門のところで足がつってしまった、

という話になったので、

あわてて母の話に集中。

門の内側につけてある錠をはずそうとして、

背伸びして片足を持ち上げた時に

つってしまったんだという。

あわてて、むりやり下ろそうと

脚を押さえつけたりしたが

なかなか下りず、

それでも、そのうち、なんとか

元に戻ったんだという。

それで、私が

「それで、病院には行ったの?」と聞くと、

「明日行こうかどうか、迷っている」と言う。

この暑さで、体の中のイオンバランスが崩れたのでは?

「熱中症かもしれないから、病院に行って診てもらって」

と言うと、しぶしぶ承知。

「本日限りの特売の麺つゆ1本安く買えるのと

体調崩したり、怪我したりして、

ずっと病院にかかるのと、

どっちがいいと思っているの?」

と聞いたら、

「そうだねぇ。私、どうかしてるよね。」と言う。

「行かなくてもいいところに出かけて行って、

行った方がいいところに行かないって、

おかしいでしょう?」

と、ついつい、語気を荒げてしまったが、

年寄りに強くいいすぎたかなぁ。

とりあえず、母は、今日病院に行き、

やはり熱中症の類、

ということで、

なんぞの漢方薬を処方されたらしい。

まったく、母の行動はおかしい、

とも思うけれど、

人から見たら、

私の行動もおかしいところがあるんだろうな。

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眠かったので

昨夜、お風呂から出て、

睡魔と闘いながら

風呂上がりの一連の儀式を

行っていたつもりだったが、

パタパタと、顔に化粧水をつけたはずが、

無香料のはずの化粧水が

何か匂いがする。

あ、時がついたときはすでに遅し、

夫の整髪料を

顔につけていた。

夫の物は右の棚、

私の者は左の棚、と

別々に置いているのだが、

以前は、

その左右が逆だった。

寝ぼけて、

以前の習慣で行動したのかもしれない。

びっくりして、一瞬目が冴え、

また顔を洗いなおしたりして

厄介だったが、

無事、髪を乾かし終える頃には、

やっぱり、半分寝ていた私だった。

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土用の丑

今日は、土用の丑の日、なので、

生協で購入しておいた

蒲焼を温めて食べた。

炊きたてのご飯を準備すべく、

玄米を精米しようとしたら、

ちょっとコクゾー君たちがいたので、

ざるでせっせとふるったり、

大きな鍋に移して、

大きな鍋ごと別の容器に入れ

その容器には水と少しばかりの洗剤を入れ、

それを明かりの下に置いたりとか、

料理は大してすることがなかったけれど、

思いのほか

台所で時間を潰した。

何年か前に、

やはりコクゾー君たちを

大量発生させてしまったことがある。

夜の台所で、

どこからともなく、

かさこそかさこそと音が聞こえてきたので、

ギョッとしながらも音の原因を突き止めたら、

玄米の袋の中でうごめくコクゾー君たちだった。

一瞬、気がつかなければよかったのに、

と思ったほど。

今回の何倍もいたように思うけれど、

とりあえず、密封しておいて、

翌日、がんばってふるいにかけた。

でも、虫は除去できても、

食べられちゃったコメの方が

コンディションが悪くて、

炊いたご飯がおいしくないし、

すぐに悪くなる。

結局、「お百姓さん、ごめんなさい」と

捨てた。

今日は、蒲焼食べて、肝吸いも飲んだことより、

コクゾー君たちとの戦いの方が

記憶に残りそう。

ところで、

今日が「土用の丑」なら、

昨日は「土用の子」、

明日は「土用の寅」ってことになるんだな。

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エコ

テレビで、電気自動車の話をしていた。

家庭用コンセントで充電できて、

CO2の排出がゼロだ、と言う。

でも、それってホントにエコなのかなぁ。

そもそも、電気作る時に、

たっくさん二酸化炭素、作っているんだよね、

と私が言うと、

夫が、

原子力発電が二酸化炭素の排出が少ない、

と言っているけれど、

ウラン燃料作る段階での二酸化炭素の排出量は

ものすごい量だし、

先送りしてごまかしているけれど、

放射性廃棄物の問題は

全く見通しが立っていない、

と憤慨する。

そんな会話が

互いにムキにならずに

するっと交せたことが、

ちょっとうれしい。

なにしろ、

地球温暖化=二酸化炭素の排出量の増加 説そのものが

我が家ではまだ、承認されていないのだが。

今、エコも金儲けと結びついて、

あっちもこっちもエコだけど、

そもそも、人が地球を救える、

とか思うことも、

ものすごく不遜かもしれない、

とも思う。

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ぱっぱらぱ

今日は、パートの後、

母のところに行く。

なんだかんだ言って、

母は自分の寂しさを紛らわせるために

うまいこと、

私たちを使っているような気もする。

微妙に振り回されているような。

何にせよ、

忙しいのと、暑いので、

体はバテ気味、

頭は、ぱっぱらぱ寸前。

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一体性

先日、アラノンの本を読んでいたら、

「子供のとき、一体性ということは

 私にとってがいこくごであった。」

という文があった。

「自分の家族と一体を感じる代わりに、

 私は孤立感におそわれ独りぼっちだった。」

この文を読んで、はたと考えた。

「自分の家族と一体を感じる」?

・・・考えてみたこともなかったけど、

感じたこともなかったかもしれない。

なんて、今頃思うのだから、

私の病も、膏肓に入っているらしい。

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枝豆

そういえば、去年から枝豆を買っていない。

枝豆が栄養豊富なことは知っているけれど、

やっぱり、ビールを連想させるから、

絶対買わない。

でも、なんぞの集まりの時に出ていた枝豆は

パクパク食べちゃった。

やっぱり、おいしかった。

でも、やっぱり、

まだ我が家の食卓に枝豆をのせる気には

ならない。

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ネコや

あっつい。

スイカがおいしい。

ネコは、居心地のいい場所を見つけて

ゴロリと寝ている。

ネコが見つけた場所だから、

きっと気持ちがいいんだろう、

と思うけれど、

私にはとても入り込めないような場所で

ゴロンニャンしているから、

私はその寝姿を愛でて、

暑さを忘れている。

内田百閒も、

私と同じような気持ちになって

ノラやクルの寝姿を見ていたんだろうか、

と思うと、なんだか不思議だ。

百閒は、

自分のことを猫好きだと思う人がいるけれど、

自分が好きなのは、

ノラとクルなのであって、

自分は、何十匹も猫を飼う人の気持ちがわからない、

と書いている。

その気持ちもわかる。

もちろん、私は、

通りすがりの猫でも

「よ!」と声をかけないでもないが、

自分がいつくしんでいるのは

やっぱり、自分の家で暮らしているネコであり、

何十匹も飼う人の気は知れない。

近所の人が迷惑しているのに、

かわいそうだから、と

野良猫にエサやりしているひとの気もしれない。

ネコやネコや、と、

近頃は

私も内田百閒先生をまねて

呼んでいる。

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『アウトレイジ』

TVのCMで、

私の好きな俳優たちが

次々と怒鳴りつけるので、

やくざ映画は観たことなかったけれど、

観に行ってしまった。

ボコボコ殴られるしシーンあり、

ん~、とぉっても痛そうなシーンあり、

確かに「R15+」。

『It's Complicated』も実は「R15+」だったのだけれど、

会話の内容が強烈だっただけで、

『アウトレイジ』の「なんだバカヤロー」とは

全然違う。

あんまり、殴られたり、

殺されたりがあるので、

さすがに、少し心臓がドキドキしてしまった。

(心拍数の少ない私なので、

たぶん、人並みの心拍数になっただけだとは思うけれど。)

錚々たる俳優陣が

みんな「悪人」で

感情移入の対象となるような

登場人物ひとりもなし。

『It's Complicated』は

映画でもDVDでも楽しめたけれど、

『アウトレイジ』はやはり映画で観た方が

ずっとおもしろいだろう、

という気がする。

それにしても、

『ノラや』の世界とは

ずいぶんかけ離れた世界に

今日は迷い込んだ。

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『ノラや』

今年の3月に、テレビかラジオで

動物写真家か誰かが

「内田百閒の『ノラや』がいい」と言っていたので、

すぐに文庫本を購入したものの、

私のことだから

積読状態になっていた。

読み始めてみると、

そのユーモア感覚や

猫のノラやクルツへの優しいまなざしに

心打たれる。

旧仮名で書いてあったり、

内田百閒が明治生まれだということも

忘れてしまって、

大切に大切に読んだ。

旧かなと言っても、

書かれている時代は

昭和30年代の初めのことなので、

ものすごく古い時代のことでもないのだけれど、

それでも時代背景の違いを感じつつ、

なおかつ、

時代を超えて、猫は可愛い、という気持ちになる。

家で育てていたノラがいなくなったのを嘆く様子は、

少し、老人性うつもあるのでは、

とも思われるけれど、

猫が戻ってこない悲嘆を綴りながらも

ふっと笑わせる一文があったり、

この文章の自在ぶりのすごいこと。

ノラが戻らないまま、

ノラにそっくりのクルツを居つかせて

クルツとの暮らしを楽しんでいたのに

そのクルツが病で亡くなってしまった嘆き。

自分が猫を飼っているせいもあり、

ノラやクルツの描写を読んでいると、

読んでいるだけなのに

猫の毛並みを掌に感じるような気持ちになる。

百閒先生は、きっとあの世で、

ノラやクルツと楽しく暮らしているに違いない。

猫派必読の書らしいが、

確かにその通りであった。

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ボケてきたかも

昨日は、PCをシャットダウンしてから、

プログ書くのを忘れたことを思い出した。

何を書こうかな、

と思っているうちに、

他のコトしていて忘れてしまった。

ま、たまには、休んでもいいか、

と思ったので、

そのまま寝てしまったのだけれど、

今夜、晩ご飯の後、

薬を飲もうとして、ギョッ。

私は、薬を飲んだら、

その日付をメモしているのだが、

朝の分は、昨日の日付まで、

夜の分は、一昨日の日付までしか

書いていない。

念のため、勘定してみたら、

やっぱり、飲んでいない。

昨夜から、薬飲むの忘れていたらしい。

あれえ?忘れてたっけ?

ていうか、昨夜の晩ご飯、

何を食べたっけ?

おひょひょ、そもそも、昼ご飯は

何を食べたっけ?

思い出すのに、5分くらいかかった。

いやだなぁ。

3日前の晩ご飯、思い出せないのならまだしも、

昨夜のご飯、思い出せないなんて。

もちろん、3日前の晩ご飯なんて

思い出せない。

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おまじない

今さらなのだが、

昨夜、アラノンの本を読んでいて気がついた。

アラノンはのステップ踏もうが踏むまいが、

人生の嵐そのものは消えるものではない、

ということ。

アラノンは、

嵐に振り回されないための知恵であって、

嵐を納めるおまじないではないんだってこと。

巡り巡って、

嵐が収まる可能性もあるけれど、

それは必ずそうなるっていうものではないんだ。

自分は、心のどこかで、

ステップを踏むことと

嵐が収まること、

リンクさせていた。

そうだ。

どちらかといえば、

嵐はまだまだ続く、

と腹を据えた方がいいのかも。

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梅干し

昨日、娘は体調が悪くて学校を休んだという。

何日か前に、転んだか何かで

ひどい打撲で痛み止めをもらっているのに、

頭が痛いという。

何か、悪い病気なのかしら?

と思いつつ、話をしていたら、

ふいに娘が

「あれ?ひょっとして、これって熱中症かも」

と言って、何やらごそごそ。

何をしているのかと思ったら、

熱中症対策の梅干し味の飴を舐めたらしい。

「飴がおいしい~~」と叫んでいる。

それで、少しは症状が緩和されたという。

そういえば、私も、晩ご飯の時に、

ふと梅干しが食べたくなって

食べてみたら、体がほっとした。

最近、食欲の落ちた夫に合わせて

朝ご飯がパン食に変わったせいで

みそ汁をあまり飲まなくなったし、

味付けは濃くはないし、

清掃の仕事で汗だくになるし、

塩分補給しなくちゃいけなかったようだ。

痛風おじさんより、

自分の体を気遣わなくてはいけない、

と反省。

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しんどいのかも

この春からの、私の生活の変化。

これまでの職場での仕事量が激減し、

4月は1回ミーティングがあって、5月はなにもなし。

6月に本来の業務が4回だけ。

私がお金をもらっている組織そのものが

大きな変革を迫られているから

それなりの影響は予想していたけれど、

あまりに急激に

あまりに無慈悲に事が進んだ。

なんてことないさ、とやり過ごしてきたつもりだったけれど、

やっぱり、ちょっと、

いや、けっこうへこんでいるのかも。

そのへこんでいるのに気がつかず、

突っ走ってしまうのが、

私のパタン。

今回も、とりあえず、突っ走って来たものの、

なんだか、この理不尽な成り行きが

ボディブローのように効いているようだ。

って、ボクシングしたことないから、

ほんとのボディブローは経験ないけれど。

もちろん、ときどきは仕事もあるし、

パートも始めたし、

お金にはならないけれど

私にとって大切な仕事も続けている。

そもそも、生計を立てる、というには

なかなか厳しい仕事なのだから

さらに細々としたものになったからと言って

驚くほどのこともないのかもしれない。

そうではあるのだけれど、

やっぱり、何だか、自分のよって立っていたものが

一気にぐしゃりと潰れたみたいで

参ったなぁ、と思う。

と、同時に、

参った時には、参ったって言ってもいいんだよね、

とも思う。

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DVD鑑賞

先月の、とある集まりの写真を見たら、

何だかひどい顔をしている。

いろいろ忙しくて、

疲労感maxといったところだったからかもしれないけれど、

なっさけないくらい、すごい顔。

て、思っているのは、私だけで、

他の人から見たら、

いつもと同じkurulimpaなのかもしれない。

さて、今日も、パートの仕事は

見事「研修中」レベル。

どうも、ちりも積もれば山となる、原理で、

小さな遅れが積み重なって

他の人より大いに後れをとっているみたいな気がする。

達成感より、疲労感のうちに帰宅。

書かなければいけないメールがいくつかあるのに、

全然やる気が出ない。

それで、Amazonから届いて、

ずっと気になっていたDVDを観ることに。

『It's Complicated』

やっぱり、いい映画だと思う。

『Julie & Julia』よりよかったと思うのに、

どうして、アカデミー賞、

こっちでノミネートしてくれなかったんだろう。

実在の人物をいかに彷彿させるか、

というところが、

面白いのかしら?

そういえば、

メリルのファンサイトを見ていたら、

今度、メリルがサッチャーを演じるかもしれない、

とかいう記事が載っていた。

ある意味、やっぱり、アメリカでも

かなり大人を主人公にしたストーリーが作れないんだなぁ、

という気がする。

そうそう、映画の中で、

ジェイクの義理の子どもの部屋の片隅には

ピカチュウのぬいぐるみがあったのを発見!

『トイストーリー3』には、

「トトロ」が出てるって

妹が言っていたけれど。

書かなければいけないメール、

明日に先延ばしになってしまったけれど、

何度観てもおもしろいから、

まぁ、いいか。

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アルバイト

今日クリーニング屋に行ったら、

受け付けたのは

以前にも見かけたパートの人だった。

その時は、パート始めたばかり、

という感じだったけれど、

それから何カ月も経過しているのに、

なんと、名札には「研修中」の文字が・・

私も、朝のパートを始めて二ヶ月半、

まだまだ「研修中」というべき状態。

どうして、この人は「研修中」の札、

まだつけているんだろう、

時給に差があるのかしら?

など思いつつ、

私も「脱・研修中」目指して頑張らねば、

と思う。

そういえば、

夫が、毎晩、

「明日は、バイトか?」と聞く。

いちおう、雇用契約書には「パート」って書いてあるけど、

Wikipediaによれば、

「パート」も「アルバイト」も、

雇い主側の呼び方の違いでしかないらしい。

でも、なんで、いちいち、そんなこと聞くんだろう、

と思っていたら、

どうやら私がパートの日には、

私が出かけるころに目覚ましをセットしているらしい。

え、別に寝ていていいのに・・・

何だか、不思議な発見。

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こんな日は

選挙速報を延々と放送しているけれど、

なんのために

猫も杓子も

偉そうな解説付きで

自分とは全然関係ない選挙区の

縁もゆかりもない候補者の様子なんぞ

見なくちゃならないんだろう?

放送局が、

他局が「選挙速報」やっているから、

自分たちも途中経過を

延々と見せなければいけない、

と思っているんだろう。

でも、投票という行為は終わって、

その結果がどうなっているかが

明らかにされていく過程を

あれやこれや詳細に知らせることって、

ほんとうに視聴者の利益になるんだろうか?

開票状況を見ながら、

あれやこれやと解説やら

各党のコメントなんかがつく。

でも、どうせ、

明日、票が確定してから

また、あれやこれや解説がついたり

「各党の表情です」とか言って

くたびれた人たちの顔が映ったりするんだろう。

でも、そんなこと、私たちが知りたいことなんだろうか?

そもそも、ぶっちゃけた話、

政治家が

この国の将来像をきちんと描いて、

現状分析をちゃんとして、

今、必要なことをちゃんと実行していってくれる、

ということが一番大事で、

そういうことについて

何がどうなっているのか、

マスコミはきちんと伝えてくれればいいんじゃないかと思う。

選挙速報なんて、

我が家にとっては、

興味のない競馬の中継と同じくらい

意味がない。

見たいテレビ番組がないので、

録画してある『CSI:8』を少し観たが、

夫の趣味に合わないので却下。

『初恋の来た道』のDVDも、

少し観て却下。

で、思い切って、

「それじゃ、いっそ、『トトロ』にする?」

と聞いたら、承認された。

去年、生協のカタログで『トトロ』のDVDを見て、

娘もすっかり大きくなったけれど、

これはCMなしで観たい、と購入してあったのだ。

いやぁ、『トトロ』の力はさすが。

夫も、それなりに楽しみながら観ていた。

描かれている風景が、

夫の世代にはかなり懐かしいものなんだと思う。

私も、サツキたちが川から水を汲んで来て

井戸に水を入れているのが

何のためだかわかるんだから、

若くはない。

でも、今日は、メイが大トトロのお腹に乗ったところで中断。

続きはまたそのうち。

それにしても、

けっこう何度も観ていたはずなのに、

新しい家に着いて、

サツキたちが家の前に立つシーンで、

ガラス戸にちゃんとサツキたちの姿が映っていたことに、

今まで気がつかなかった。

やっぱり、『トトロ』はいいなぁ。

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肩すかし

昨日は、そこそこ雨が降ったので

空梅雨というわけではない。

とはいえ、梅雨の割に雨が少ない。

蒸すなぁ、と思うことも多いけど、

ジメジメし過ぎというほどでもない。

洗濯物を干すチャンスはいくらでもある。

今日も、

見上げれば晴れ渡った空、

入道雲かと思しき雲も浮かぶ。

そして、けっこうさわやかな風が吹いてくる。

さっき、一瞬、選挙カーが

大きな通りをにぎやかに通り過ぎて行ったようだが、

今は、耳を澄ませば

セミの鳴き声が聞こえる。

何だか、早、夏休みの気分。

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寝顔

うろ覚えなのだが、何かの本に、

「アルコール依存症になる人に共通する生育歴はないが、

アルコール依存症を伴侶とする女性には

共通の生育歴がある」

と言ったようなことが

書いてあった。

そういう女性は、

たとえアルコール依存症のパートナーと別れても

また、同じような人を相手に選ぶ、

といったようなことも。

もし、それが正しいのであれば、

私は、夫と結婚していなくても、

結局アルコール依存症者のパートナーと

暮らすことになったのだろうか?

ときどき、

自分は、反社会的な行為をしてきたわけでもないし、

他の人を意図的に傷つけてきたわけでもないのに、

なんだって、

夫がアルコール依存症になっちゃったりしたんだろう、

と思わないでもない。

まぁ、「自己憐憫」というやつでしょうが。

この前の夜、ふと、気がついた。

私という人間が

アルコール依存症の人間と親しくなるように

歩んできているとしても、

なぜ、そのアルコール依存症者が

夫なんだろうか。

正確な数字など、

誰も知らないだろうけれど、

アルコール依存症者って

世の中に、かなりの人数いるに違いない。

アルコールじゃなくても、

何かの依存症になっている人は

相当数いるんだろうと思う。

その中で、

数多くのアルコール依存症者の中で

この夫と私が出会って、

今日まで暮らしてきたことが

無駄なこと、意味のないことだとは

思えない。

思いたくないだけなのかもしれないけれど。

この前、テレビで

「人間は奇蹟そのもの」という

井上ひさしの戯曲のせりふを紹介していた。

であるのなら、

夫と巡り合ったのも奇蹟か。

その夫が、

飲酒によって、痛風が悪化し、

脳が壊れて行っているのに、

酒をやめようと思い定めるに至らなくても、

私がその傍らで暮らしていくのも

一つの奇蹟か。

それにしても、

なぜ、私たちはアルコール依存症者と

暮らすことを選んだのだろう。

ひょっとしたら、

このパートナーとともに

再生する機会を見つけよ、

という天の声なのか。

人生の起こることは

全部意味がある、

とかいうけれど、

きっと、アルコール依存症者の配偶者がいるということも、

何か、私の人生に

大いに意味のあることなんだろう。

そうでも思わなきゃ、

やってられない気もするけれど、

この男と一緒に

まっとうな自分を取り戻せ、

ということなのだろうか、

と、夫の寝顔を見ながら思った。

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なんとも不思議な生活

夕方、夫に「ちょっと病院行ってくる。」と言ったら、

「猫のか?」と聞かれた。

「ううん、今日は私の。

私もいちおう、生き物だから。」

と答えたら、ちょっとキョトンとして

「ああ、そうか。」

まぁ、ネコは二週間に一度くらいの割で

私は六週間に一度なんだから、

猫の病院と思われても無理はないけれど、

ネコは、この前の日曜日に行ったばかりだから、

しばらく大丈夫。

病院には、指定の時間ぎりぎりに入ったけれど、

先客がまだ終わってなくて、

ちょっとだけ待つ。

診察室に入ってイスに座ったら、

医者の机の上に

背は高いが、花は大きくない花が

花瓶に入れてあった。

医者との会話を妨げるほどの障害ではないけれど、

なんとなく、微妙に一線引いてある感じ。

あれ?今まで、こんなふうに

背の高い花を生けていたことあったっけな?

医者に、夫が精神科の受診を先延ばしにしたこと、

その結果、都合が合わなくて

私は同行しなかったこと、

でも、私自身、同行し続けて

いい結果につながるとは思えずにいること、

今の夫の通院は、

結局、根本的な治療には結びつくものではなく、

「精神科に通院している」ということで、

夫が自分の病と向き合わないでいることを

ごまかしているように思えること、

飲酒は止められずにいること、

その一方で、

本人なりに飲まないようにしようと努力していることも

見受けられること、

痛風で苦しんでいるのを見ると

ちょっと気の毒にも思うけれど、

飲み続けているのだから

自業自得だと思ってしまうこと、

自分については、

娘に関する行動が、親バカ通り越して

確かに正気じゃなかったこともあると気付いたこと、

などの話をした。

医者は、最後に、

「ほんとうに、何とも不思議な生活だわね。」

と、いったうえで、

「ご主人は、

自分がそう長くないと感じているのかもしれないわね。」

と言った。

そういえば、

去年の入院騒動の時、

入院することになった前の日に

ちょっと検査を受けに行った医者のところに

私一人で検査結果を聞きに行った時、

医者が、いろいろ数値を見て、

「多臓器不全だよ。」と言った。

「多臓器不全」て、死因みたいだな、

と思ったのだけれど、

今日、私の医者にその話をしたら、

「『死因』に使う言葉じゃない」と

呆れていた。

ふーん、夫は、生きる屍なのかな。

まぁ、なんにせよ、

「なんとも不思議な生活」の中で

私は生き延びるしかないんだろう。

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ヤマをはずす

高校生の頃、私はけっこうテストのヤマかけの名人だった。

中学生のころは、

いちおう、まじめにお勉強していたので

ヤマかけなどはしたことなかったが、

高校生になるころから、

だんだんまじめにお勉強するのがバカバカしくなり、

テスト前の勉強時間が足りなくなると、

「ええい!」と

私なりの価値観で取捨選択をして

テストに臨んで

赤点は免れていた。

しかし、今日の仕事の予習は

見事にヤマをはずしてしまった。

予習でヤマをはずすというのも

おかしい言い方かもしれないけれど、

見当違いの準備をしてしまったのだ。

担当する場所を間違えたのではない。

実は、昨日の夜、

私たちが担当する場所のワックスがけが行われたため、

今日は床掃除はしなくてよかったのだ。

かわりに、ふだん手をかけられないところを

丁寧に行う、という内容。

頭の中でイメージしていた流れと全然違って、

結局あたふたしてしまった。

「清掃」という仕事について

自分は偏見はないと思っていたけれど、

他の人と比べて、

ひょっとして、私、ひたむきさが足らないのかも。

今までの私は、

何ごとにつけ、

「時間内に終わらせる」

というより

「どれだけ自分が満足できる仕上がりにするか」

ということを優先していたように思う。

もちろん、仕事に時間の制約はあるものの、

その場で終わらなくても

家で何とかしてくるとか

必ずどこかで補っていた。

でも、今度の仕事はそうはいかない。

清掃って仕事を甘く見ていたのかも。

まぁ、これまでと違う考え方をする練習として、

与えられた機会なのかもしれない。

明日は、パートがないので、

今夜はのんびりモード。

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予習

あんまり仕事がのろいので、

昨夜は、

時間のスケールに

作業の手順を書きだしてみた。

次の作業に移る目安の時刻を

携帯のアラームに設定して、

いざお仕事。

やっぱり、時間内にすべては終わらせられない。

机上の時間配分をいくら見なおしても、

もうこれ以上、余裕の作りようがない。

やっぱり、手際が悪いんだなぁ。

明朝、再挑戦だ!

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シャガール展

ネットで応募した展覧会の御招待券が当選した。

東京芸大の美術館でやっている

『シャガール ロシア・アヴァンギャルドとの出会い』である。

妹と待ち合わせて観に行く。

シャガールだけでなくて、

彼と同時代の芸術家たちの作品も展示されていた。

シャガールの絵はわからないなりに面白かったけれど、

私はナターリャ・ゴンチャローヴァという女性画家の力強い絵が

とても気に入って絵ハガキを購入。

シャガールは

私の浅薄な知識ではフランスの画家だったけど、

ロシア(ベラルーシ)生まれのユダヤ系で

なんと1985年の3月まで生きていたとは・・

娘が生まれて間もないころだから、

きっと私は新聞の訃報も見ていなかったのかも。

展覧会の帰り、

芸大のキャンパスものぞこうかと思ったけれど、

立派な守衛所の前を無視して入るパワーがなくて

それは断念。

音楽学部の門から見える立派なイチョウの木を見上げただけで

帰って来た。

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慣れ?向き・不向き?

清掃の仕事は、

いくつか分担がある。

一つの担当を何とか覚えたと思うと、

次の担当を覚える。

今は、トイレ掃除はなくなって、

喫煙室のタバコの処理などをする。

正直言って、タバコの臭いは苦手である。

夫は昔はタバコを吸っていたが、

15年くらい前に止めている。

腎結石か何かの治療で、

医者に

「酒をやめる」

「タバコをやめる」

「塩分を控える」の

三つの選択肢を迫られたと言う。

ほんとうは、全部を実行した方がいいに決まっているのだが、

それでは実行不可能と医者は考えて、

どれか一つでいいからするように言ったらしい。

いや、先生、そこはやっぱりなし崩し的に

全部を要求していただきたかったな。

もちろん、我が家から紫煙が消えたことは

本当にありがたいのだが。

職場でも、もちろん建物内では禁煙だから、

近頃は何日もタバコの臭いを嗅がずに済むことも多い。

すっかり、タバコに対する耐性が薄れてきたところで、

大量のタバコの吸い殻の処理作業。

これは、私にはけっこうきつい。

タバコの処理よりは、トイレ掃除の方がいい。

しかし、贅沢を言っていられる身分ではない。

なにしろ、どう頑張っても、

私は時間内に仕事を終えることが

まだ難しいのだ。

「誰でもそうよ。

忙しさに慣れることよ。」

と先輩は言ってくれるが、

私の愚図さ加減、

やっぱり、掃除の仕事には不向きなんだろうか、

とさえ思えてしまう。

センスのある人から見たら、

手際が悪くて無駄が多いんだろうなぁ。

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タヌキ

先日、昼間、町内に入ったところで、

私の車の前を小動物が横切ろうとしたので、

急停車。

動物の方も

その場で止まって

こちらを見る。

目があった。

猫ぐらいの大きさだが、

猫ではない。

私の知識では、

あれは「タヌキ」という動物だ。

タヌキの表情は、

「え?なんだよぉ。危ないだろうぉ。」

といった感じで、

方向転換して、

道の横の木の茂った所に入って行ってしまった。

あそこの木の茂みの裏は、

裏手の会社の駐車場である。

でも、うっそうとしたところもあるから、

彼/彼女は

そこで暮らしているのかもしれない。

それにしても、

タヌキはかわいらしかった。

「タヌキおやじ」とは大違いである。

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DVD到着

今日は、パートもなく、

その他の用事もなし。

夫が出かけて、久しぶりにのんびりした朝、

映画でも観に行こうか、

それとも、家でDVDを観ようか、

と思って携帯電話を見たら、

夜中の3時に

娘からメールが来ていた。

 なんか疲れたから、

 週末帰りたいけど、

 いい?

いいも何も、

あんたのうちなんだから

帰ってくればいいじゃん。

と返信。

やっぱり、ちょっとうれしい。

そのあと、洗濯物を干していたら、

佐川の軽が止まって、我が家のポストに何か入れて行った。

むふむふ。

Amazonでご購入のDVDのご到来。

Merylの『It's Complicated』

夜、テレビがつまらないので、

このDVDを観よう、と提案したのだが、

娘にあっさり却下された。

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今年も半分おしまい

2010年も半分終わった。

仕事が激減したり、

清掃の仕事をしたり、

娘の就職と、どうやら結婚も決まったり

いろいろなことがあった。

そうした出来事、

これまでは、と虚勢を張って

「なんでもない」と処理しようとしていたように思う。

でも、今は、

体も疲れが残ってしんどくもあるけれど、

なんとなく、どこか

自分の中にしんとした気配が

確かに存在するような気もする。

もっとちゃんと、

自分自身と向かい合って行けるといいなぁ。

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