« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »

2010年4月

やっぱりトシか・・

清掃の仕事は、まだ見習い中だが、

あと2日、指導の人と仕事をしたら

いよいよ1人で、ということになるらしい。

精神科の医者は、

「体といつもと違う神経を使うからよく眠れますよ」

と言っていたけれど、

実際、仕事の当日は、

午後にお昼寝タイムを取らないと動けない。

で、夜の眠りについては、

特にぐっすり寝た!という感じにはならないところが

ビミョーである。

さらに、ビミョーな倦怠感が、

翌日現れる。

筋肉痛、というほどではないけれど、

筋肉痛なのかもしれない。

翌日に筋肉痛が出る、

というのが、

私にはショックである。

実は、私は今まで、

筋肉痛はその日の夜には出ていた。

走るのも遅いし、

ボール競技も下手だし、

早い話、運動神経は鈍いけれど、

筋肉痛の出方だけは早かったのに。

まぁ、翌々日じゃないだけ、

まだいいか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

同情

「アルコール依存症者に同情する」

という文を読むたびに、

なんとなく微妙な心持がする。

アルコール依存症者は

同情されて、うれしいんだろうか?

少なくとも、私の知っている

アルコール依存症者たちは

気位が高い。

だから、人から自分が同情されている、

なんてことがわかったら、

かなり嫌なんじゃないだろうか?

少なくとも、

「同情するなら、金をくれ」

なんて切り返しは、

ありえない。

もちろん、それを配慮しているから、

私が、まだアルコール依存症者に

同情できないわけではない。

頭では、アルコール依存症が病気であることは

わかっているつもりだし、

本人も、「やめたいけど、やめられない」

と、言っていたこともある。

でも、どうして同情しなきゃいけないの?

と思ってしまうのだ。

たぶん、

「アルコール依存症者は気位が高いから、

同情したら、

『バカにするな』と怒りだすに違いない」

というのは、

私の言い訳に過ぎないんだろう。

私は自覚できないでいるけれど、

なにかが、

私がアルコール依存症者に同情するのを

ものすごく、拒んでいる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

帳尻合わせ

以前はよく、仕事がない時は、

夕方になると、

何か大事なことをしていないのに

一日が終わっていくような気持ちになって、

何だかせかされるような気持ちになった。

そして、夜、夫が先に床につくと、

「さぁ、これからが私の時間だ!」

という気持ちになって、

でも、客観的にはだらだらと起きていた。

夫が、半日出勤になってからは、

夕方は夫がいるので、

ちょっとキュークツな気持ちにもなっていたが、

夜の「私の時間」感覚は

相変わらずだった。

何がどうしてどうなったからなのか、

自分にはよくわからない。

それが、最近、特に夕方に気落ちすることが

少なくなった。

夜も早く寝なくてはいけないので、

だらだらしないで

寝るようになった。

気がついたら、

「自分はまだ今日、大事なことをしていない」

と自分をせかす感覚が

薄らいできたように思う。

今までは、

毎日、何だか自分の時間を生来ていない気がしていた。

それで、一日の終わりに帳尻合わせで

自分の時間を持ちたくて、

だらだら起きていたのかもしれない。

別に、いつも、家族のことを最優先してきたわけではないのに、

確かに私は、自分の時間を過ごしている、

という感覚を持てずにいた。

本意ではないけれど、頑張ってるんだ、

だけど、自分のための時間はいつ?

という気分だった。

それが、何をしても、

いつでも、これは私の時間、

という気持ちになって来た。

なんだか、少し、心が軽くなったようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

清掃

お掃除おばさんの見習いが始まった。

いくら、私が面倒くさがり屋とはいえ、

説明してもらったことは、

私も知ってはいたことである。

しかし、いくら掃除ができても、

家よりもはるかに広い面積について、

決まった時間内で仕事を終わらせなければいけない、

というのは、

やはり大変なことである。

実は、清掃の仕事に応募したのと同じ時期に、

清掃よりは、私がうまくやれそうな仕事にも

応募していたのだが、

そちらは、梨のつぶてで、何の反応もない。

(落ちたなら、おちたって知らせろい!)

でも、清掃の仕事が始まってみると、

今の自分には、

その仕事も抱えるのはたいへんだったに違いない、

という気がする。

早起きして、きめられた時間内に、効率的に清掃をする、

というのは、

これまでの私には

考えられなかった生活だし、

私の問題点を改善するのに

ちょうどいい仕事なのかもしれない。

それにしても、

まだ慣れないので、

けっこう疲れる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

それでも春

今年は、なかなか春爛漫、という日がない。

やたら寒かったり、

ちょっと暑かったり、

例年以上に行きつ戻りつ、

と言った感じの春である。

それでも、桜も終わって、

葉桜前の茶とピンクの微妙なコンビネーション状態だし、

たんぽぽも咲いた。

いつの間にか、つつじの花も

みっちりと咲いている。

農作物の成長は

なかなか大変のようだけれど、

季節は、やっぱり進んではいる。

毎年毎年、異常気象だと、

何を持って「平年並み」と言うのか

わからなくなりそうだけれど、

微妙に基準が変わりつつ、

春は毎年やってくるらしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

余命

ご近所の30代の人が

余命5年もないと

昨日の仲よしの集まりで

夫が打ち明けられてきた。

なんということだろう。

まだ小学校にも行っていない子どもたちが

3人いるお母さんだ。

夫のことなので、

病名をきちんと聞いてきていなかったが、

とにかく、治療できない病気なのだそうだ。

なんてことだろう。

まだ、これからの若い家族や、

それを見守る両親に

そんな事実が突き付けられるなんて。

小康状態にいるせいだろうか、

夫のアルコール依存症の問題は、

その家族の問題に比べると

ずっと小さいことのように思えた。

もちろん、飲まないでいるよりは加速されつつも、

しかし、今のところ、ゆるゆると

夫が死に向かっているのは確かだ。

でも、夫がそれでも構わないと

思い続けられるのなら、

ある意味、それは仕方がないのかもしれない。

別に、見捨てるわけではないけれど、

そして、父のように自殺をされても嫌だけれど。

生きよう、という強い意欲がもてないのが、

病気の症状、ということかも。

何にせよ、人の余命は、

私たちのコントロールの範疇を越えているんだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

拘る人

昨日、とある用件である人に会った。

子育てがひと段落して、

大学に正規の学生として入学して

いろいろ勉強している人。

履修科目に、「社会体験」というのがあり、

私が関わっているボランティア団体で

活動に参加したいという。

正直、20歳そこそこの学生ではないのだから、

自分にこの科目が必要かどうか、

たとえ必修でも、学校とかけあえばいいのに、

とも思うのだけれど、

その人は、そうはしたくないらしい。

それで、どうしても、

というのだけれど、

どうにも「自分のため」という部分が強すぎて、

さすがに警戒してしまう。

確かに、ボランティアというのは、

誰かのために、自分が役立てば、

と思って始めても、

そのこと自体が

結局は自分のためになっている、

という側面はある。

でも、やはり、スタートは

自分でできることがあれば、

それが役立つのであれば、

という気持ちだと思う。

自分が人の役に立てると思うこと自体が

ある意味傲慢かもしれない、

とも思ったりもするけれど、

自分は傲慢か?という問いを

ときどき自分に問いかけながらも、

結局少し行動する、というのが、

少なくとも、私たちの活動だ。

自分の単位のため、

自分のキャリア実現のため、

という話をするのは、

率直と言えば率直だけれど、

でも、それしか言えないのでは、

やはり、こちらも率直にいえば、

迷惑な話である。

自分の子どもを自分の思い通りに育てた、

と誇らしげに話している人の話を聞くのは、

正直、苦しかった。

思わず、あなたもアラノンが必要かも、

という気持ちになった。

とはいえ、あなたは強引過ぎて、

私たちの活動には全然向かない!

というわけにもいかないので、

半分、相手の意向を聞きつつ、

バリケードをしっかり張って話を終えた。

 自分は自分自身に生き、

 他の人は他の人自身に生かしめよ

というけれど、

自分自身が生きていくのと

他の人自身が生きていくのが

ときどきクロスして、

他の人がこちらの領分に無理やり入ってこようとする時、

どう対処すればいいのか、

悩ましく思う。

やっぱり、三十六計逃げるに如かず、かな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

お片づけ

妹からすると、

「おねえちゃんが、お掃除の仕事?」

というところがあるらしい。

まぁ、確かに、得意じゃないけれど、

やれば気持ちがいいし、

できないわけではない。

私の問題点は、

お片づけができないこと。

今日も、新しく本が届き、

反省だけはしている。

とりあえず、不用品を捨てよう。

つまり、何が不用品が

見定めなくては。

散らかってない方が気持ちがいいのはわかっているのに、

なんで、こんなに、あれこれ持っているんだろうなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

喜怒哀楽

アラノンの本を読んでいると、

私たちアルコール依存症者の伴侶は

感情の病気にかかっている、とある。

喜ぶ

怒る

哀しむ

楽しむ

喜怒哀楽

自分は、ちょっと、負の感情の表出が苦手。

つまり、怒るべき時に怒ったり、

哀しんでいいときに

どう哀しんでいいかわからなかったりする。

怒る方は、

以前はそんなこともなかったのだが、

ここ何年かは、

腹の底から湧きあがる、

という感覚が生じるようになって、

場合によっては、

そのままプッツ~ンしたこともあったけど。

コントロール不能になったわけだから、

あまりよろしい事態ではない。

哀しむ方は、となると、

そうした感情を持つこと自体が

よろしくない気がしてしまう。

喜んだり、楽しんだりは問題ないと思っているが、

喜んだり楽しんだりしている最中に、

ひょっとして、何か悪いことがあるかも、

と心配したりする。

自分の感情に問題があるなんて、

これまでさっぱり考えたことがなかったので、

どうやら、問題があるらしい、

ということになると、

急に、何もかも、自信がなくなってしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

早寝

今日は、朝早く起きなければならなかったので、

昨夜は、とにかく早く寝よう、と努力した。

10時ごろに入浴し、

頭を乾かし、風呂場の掃除をしてから、

アラノンの本を読んで、

まじめに布団に入ったのが、

11時半過ぎ。

スタンドを消して、

布団に入ったが、

ふだんなら、こらから入浴しようか、

という時間だから、

なんだか、妙な心持。

ちっとも眠くならない。

せめて、体だけでも休ませておかなければ、

とは思うものの、

頭は、あれやこれや、どうでもいいことを考えてしまう。

運動量が少なかったからかもしれないが、

なかなか寝付けない。

とはいえ、いつの間にか眠っていて

朝が来た。

寝坊しちゃいけない、という頭があるから、

ちゃんと起きられたが、

それにしても、

就寝時刻、午前2時を

午後11時から11時半にシフトするのは

なかなか、大変そうではある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『ハート・ロッカー』

思いもかけず、今日の予定が消え、

おまけに1000円で映画が観られるので、

『ハート・ロッカー』を観てきた。

(土曜日のダウンから、復活が早すぎるか?)

イラクのバグダッドで

爆弾処理を行う男たちの話。

観ていて、もっと辛くなるかと思ったけれど、

それほどでもなかった。

私の感覚がマヒしているのかもしれない。

ただ、観ながら、

イラクの人たちは、

絵空事ではなく現実として

こういう空間に身を置いていて、

一方でスパイ映画ではなく、

ほんとうに爆弾を処理し続けている人たちがいるんだ、

と思ったからかもしれない。

ドキュメンタリーかとも思うような映画だ、

という評判を聞いていた。

確かに、オープニングの爆弾処理にまつわるシーンは、

誰が重要人物なのかもわからないし、

イラクっぽい景色が

自分たちの住んでいるところと

あまりに違うから、

ドキュメンタリーぽい雰囲気はする。

緊張が高まる場面でも

よけいな音楽も流れない。

けれども、すぐに、「映画」という感覚になった。

そばに座っていた2人連れのポップコーンの臭いや、

私には笑えない場面で笑っている雰囲気で

画面に集中できなかったせいか。

砂漠の中で、

襲撃してきた相手と撃ち合いになり、

その後、もう相手が攻撃してこないか

ずっと待っているシーンがあった。

炎天下、さえぎるものもないところで、

神経を張り詰めて

遠くの建物で人の動きがないか

じっとしている兵士たち。

そのとき、班長が部下にジュースを要求する。

その場面で、

私の隣、

三つくらい席を開けたところに座っていた若い男女の

女の子がクスリと笑ったりする。

砂漠の戦場にジュースというのが

おかしかいと思ったのだろうか?

おばさんは、

効率のいい水分と糖分の補給方法だと

納得したのだけれど。

最後の方で、

ジェームズがアメリカに帰って、

スーパーで買い物をしていて

シリアルを買うよう言われて、

シリアル売り場に行き、

その種類の多さに愕然とする場面が

おばさんにはおもしろかった。

選択肢が多すぎて戸惑う、

というのは、

若い人たちにはわからなかったようだが。

ドキュメンタリーであれば、

きっと、人はお金を払って

ポップコーン食べながら観ようとはしないに違いない。

映画だからこそ、観る。

映画だからこそ、

緊迫感あふれるシーンを

ポップコーンの臭いの中で

天下泰平に椅子に座って観ている。

なんだか、ちょっと不思議な気がした。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

わがまま?

今日は、朝から、ノーマルモードの私。

月曜恒例の寄り合いに出かける。

話が本筋を離れたときに、

体調不良の話をする。

サンドイッチと100%のリンゴジュースの要求を

聞いてもらった話をして、

ほんとはパン屋のサンドイッチがよかったと言ったら、

「そんな我儘言っちゃだめですよ。」と

たしなめられた。

そっか。

やっぱ、わがままか・・

いや、しかし、

体調に関わりなく、

というか、

体調が悪ければよけい、

おいしいものを食べたいと思うのが

食いしん坊というものではないか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

体調不良

昨日は、うっすら雪化粧の中、

バレエを観に上京すべく

駅まで向かったものの、

車を降りる時点で、なんだか気持ちが悪い。

電車に乗ったら、

もっと調子が悪くなってきたので、

三駅乗っただけで、

バレエも夜のちょっとした集まりも断念、

帰宅した。

高熱があるわけでもないのだけれど、

とにかく、胃がスポーツ飲料も受け付けない。

へばって寝ていた。

少しは元気になり、

昨夜は、リンゴのすりおろしと

トースト食べて、白米も少し食べた。

こういう時に、

炭水化物なら食べられるのは、

私が農耕民族の末裔だからかで、

狩猟民族の末裔だったら、

たんぱく質をほしがるのかしら?

今朝は、6時に空腹で目が覚め(!)

リンゴのすりおろしとヨーグルトを食べる。

昼に夫が買ってきてくれたサンドイッチ、

秘かに、コンビニのではなく、

パン屋のがよかったなぁ、と思いつつ食べ

(感謝の気持ちにかける女である)

また、とろとろと寝た。

パソコンの画面を見る気力が出てきたから、

明日は復活できそう。

なんだろう、

自分が強がっていても

弱いところがある、

とここに書いただけで、

がっくり参ってしまうなんて。

とはいえ、傍の人はこれを

鬼の霍乱というのであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

呑気

だいぶ前のことになるが、

子どもの出産は帝王切開だった。

胎児の成長は順調だったのだが、

逆子が治らず、

破水して、私の体の方の出産の準備は

順調に進んだものの、

結局、赤ん坊が横向きだというので

急遽、帝王切開での出産となった。

お腹を切ったのだから、

その後の経過として、

ガスが出てくれないと困る。

ところが、そのガスがなかなか出なかった。

私の状態としては、

胃がやたら痛くなっていた。

それで、医者にそのことを言うと、

「空気を飲み込み過ぎている」

と指摘された。

それで、腸のガスと

飲み込んだ空気が

胃に溜まってしまって苦しくなっていたのだ。

何とか、自分の呼吸に気をつけて、

その後、めでたくガスも出て

今日に至っているわけ(?)である。

今、そのことを思い出してみると、

自分がふだんから

空気を吸い込み過ぎる傾向があることに

はたと気がついた。

ついでに、過敏性腸症候群もあるような気もする。

子どものころは、お腹の調子が

どちらかというといい方ではなかった。

それが、結婚したら、すっかり元気。

親元を離れて

こんなに元気になるってどういうことだろう、

と自分の親不孝ぶりに呆れたこともある。

空気を飲み込みすぎるのは

「呑気症」にあたるのかもしれない。

「呑気」は「のんき」と普通読むけれど、

「呑気症」は「どんきしょう」と読む。

ほんとうに「のんき」な人は

「どんき」にはならないらしい。

「呑気症」に、+過敏性腸症候群のガス型、

と考えると、

自分が追い込まれた状況の時の体調が

すっかり説明できる! (^-^;

私の座右の銘は「能天気」、

見た目も能天気で充分通っているのに、

実は、小心者なんです、私。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

キンチョー

お掃除おばさんの面接を受けた日、

別に腹痛はないものの、

どうもお腹の調子がよろしくなかった。

ここのところ、寒暖の差が激しいから、

ちょっと体調を崩したのかもしれないが、

あるいは、ひょっとして、

面接でチョー緊張したのかもしれない、

という気がしている。

自分のことなのに

「かもしれない」というのもおかしな話だが、

自分の認識としては

特に緊張したつもりはなかった。

でも、体の反応として

異常事態の宣告があるわけだから、

緊張したのかもしれない、

と思うわけである。

どうも自分は、

子どものころから、

「やっべー」という状況になった時、

おろおろしたことがない。

なるべくすぐに

何らかの方法を見つけて

切り抜けてきたように思う。

だって、おろおろしたって

誰が助けてくれるわけでなし、

おろおろしている時間があるなら、

次に行った方がいいから。

でも、きっと、

まいったなぁ、という気持ちは

とりあえず、

まいったね、と

受け止めてかまわないのかもしれない、

と、今は思うようになってきた。

そう、だから、たぶん、

私は緊張したんだろうと思う。

と、精神科の医者に話したら、

「今まで、

あなたはその方法で切り抜けてきたかもしれないけれど、

それがあなたを幸せにしたかどうかはわからない。」

と言われた。

パニクッた時に

パニクッテいられる方法を

これらか学ぶ必要があるってことだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

考えすぎ

母は丈夫に生まれ、

父親に「お前が男だったら」と言われて

育ったらしい。

末っ子の妹が器量よしで、

母は、けっこうコンプレックスを持っていたらしい。

その妹との関係を

ときどき、自分の娘に投影するので

私たちはいい迷惑である。

母には、姉が2人、兄が1人いる。

私は伯父とは付き合いがあるが、

伯母2人については、名前も知らない。

温厚な人だと思っていた伯父が

けっこう偏屈者だということが

最近わかったから、

伯母たちも変わり者なのかもしれない。

母は、たまに

姉たちからずいぶんいじめられた、

というようなことを言っているが、

それが、笑い話にならないところが

不思議な家族である。

それで、

私は母が物を必要以上に

貯め込んだりすることなどについて、

ついついあれこれ考えてしまうのだけれど、

妹に言わせると

「お姉ちゃんは考え過ぎ」。

「考えすぎ」の姉としては、

あれこれなんでも、きっちり自分の考え通りに

母の生活をコントロールしようとする妹が

ちょっとヤバい存在に思えてしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メンセツ

掃除の仕事の面接を受ける。

結果は、2・3日中に連絡があるらしい。

見る人が見れば、

私がマメに掃除するタイプでないのは

バレバレだとは思う。

規則的な生活を手に入れて、

お金ももらえれば

私としてはありがたいんだけどな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

シュー活

実質失業者の私、

夫は、半日出勤という形だけれど

とりあえず再雇用されているから、

後一年の娘の学費も何とかなりそうだし、

つましく暮らして

私が、きっちりきっちり家事をすれば

暮らしていけるかもしれない。

しかし、人間の扶養家族の独立の見通しは立ったけれど、

我が家には、まだ扶養家族がいる。

しかも、病身である。

保険も利かない。

点滴ネコの病院代は、

私が何とかしなくてはならない。

アラノンに参加したり

本を買ったり、映画を観たりするお金も、

ネット利用の引き落としだってあるから、

やっぱりちょっとでも稼がなきゃ。

というわけで、

近所のショッピングモールの朝の掃除に

応募しようと思いつく。

夫に相談したら

「いいんじゃないか」

さっそく電話。

そのほかの仕事にも応募すべく

履歴書を書いていたら、

夫が

「ほんとうにやるのか?」

と驚いている。

専門職の方の求人サイトを見ても、

片道2時間はかかる場所では、

さすがに応募する前に

気持ちが萎えてしまう。

やっぱり、

手近なところから

コツコツと働かないといかんでしょう。

まぁ、半分「遊ぶ金ほしさ」ではあるけれど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

蛇の生殺し

私の仕事は、一種の専門職だけれど、

仕事の仕方としては

委嘱状が渡されて、

仕事がある時に仕事をする時間給労働者。

今年度も委嘱状はもらったものの、

肝心の仕事の受注量が少なくて、

少なくとも4月は「仕事なし」と言われている。

5月以降の仕事の受注量が

前年度の1/3なのだから、

単純に考えたって、

こちらに回ってくる仕事量も1/3。

実際には、

私は付帯業務にもかかわっていて、

それもなくなったから

もっと仕事は減ることになる。

しかも、長くその仕事に関わっている私は

単価が高め。

経費を抑えたければ、

経験よりも

少しでも単価が少ない人のところに仕事が行くことも

充分考えられる。

となると、夏まで仕事はないかもしれない。

もちろん、その職場だけで仕事をしている人は少なくて、

他の職場と掛け持ちで仕事をしている人が多いから、

仕事が減ってもあまり影響を受けない人もいるけれど、

付帯業務に関わっていた何人かは

ほぼ何の予告もなく

スパーンと仕事がなくなってしまった。

でも、クビではない。

こういうの、蛇の生殺し、とか言うんじゃないか?

それとも、飼い殺し?

同じ業種の仕事も探しているけれど、

遠くまで朝気張って出かけるほどの気力もないし、

この際、職種にはこだわらず、

とりあえず、アラノンに行ける範囲での職探し。

というわけで、近場のショッピングモールの掃除に応募。

朝、ちょっと早いけれど、

3時から、とかじゃないし、

生活改善できれば、

何よりだ。

この際、修業しなおそう。

て、採用されないかもしれないけれど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

朗報

いろいろ厳しいご時世で、

私自身、今や、実質失業者状態だけれど、

幸いなことに、

娘が外資系の会社に就職が内定した。

学業の方もそれなりに順調らしく、

来年の春にはめでたく社会人になれそうだ。

浪人したり、留学したりで、

超常識派の私の妹には

「就職どうするの?

女の子だから、『永久就職』があるか」

なんて言われて、

娘の頑張りを否定されたみたいで

残念に思うこともあった。

だから、

娘の意欲や努力を評価してくれる会社があったこと、

とにかく、単純にうれしい。

昨夜は、娘の小・中学校時代の卒業式の記録などを

取り出した眺め,

改めて娘が彼女なりに頑張って来たんだなぁ、

ということをうれしく思った。

その感慨を

できれば、夫と共有したいと思ったけれど、

その時点で夫は見事に酔っ払い状態にあり、

すっかり自分の殻の中にお籠りしていた。

「2人でいれば、

うれしいことは2倍、

悲しいことは半分に」

というような話を聞くけれど、

私たちは、そういう感情の共有ができたことがない。

君が飲んで、

脳がどんどんやられていようがいまいが、

うれしいことを一緒に喜び、

辛いことを一緒に凌いでいければ、

私はそれでいいんだけどな。

それができないのが、

この病気なのか、とも思うけれど、

結婚以来、ずっとそうだし、

実は、両親もそうだった気がするから、

どうすれば、そういうことが可能なのか、

私にはさっぱりわからないのだ。

夫との結婚を決意した理由は、

「この人となら、一緒に子育てできる」と思ったことだった。

確かに、

子どもに対する考え方などでは

意見の食い違いはなかったけれど、

でも、感情の共有は

一度もできずに来たように思う。

夫の心は、

いつもいつも硬い殻の中にあるような気がしていた。

でも、アラノンの本を読んだりしていて

このごろふと思う。

自分を硬い硬い殻の中に閉じ込めているのは、

私も同じ?

その認識を

正直、今の私は受け止めかねてはいるのだけれど、

このどうしようもない抵抗感そのものが、

たぶん、それが「当たり」だということを証明しているんだろう。

娘が、次のステージに踏み出そうとしている時、

私も、ちゃんと自分のステップを踏まなくてはいけないんだな、

と思う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ほんとに変わりたい?

夫のことを皮肉な目線で見るのはやめよう、

と、いちおうは思っている。

でも、自分がここに書いたことを読み返すと、

やっぱり、どこか

批判的な見方をしているのがわかって

ギョッとする。

私は、ほんとうに変わりたいのだろうか?

なんとなく、自分で、

以前の自分と違ってきているような気がすることもある。

でも、とりあえず、小康状態の今日この頃、

いろいろ先延ばししているうちに、

なんとなくうやむやに暮らせてしまうことを

望んでいるところもあるのは否めない。

ほんとうに変わりたいのなら、

まず、行動しなくてはいかん。

とりあえず、日付が変わる前に寝るようにしよう。

そして、プログは午前中にアップ。

さぁて、できるかなぁ?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

やつあたり?

我が家のネコは、

私が帰ってくると、

ニャゴニャゴ騒ぎ出すらしい。

昨日も私が玄関に入ると、

ネコの鳴き声と夫の「うるさい!」という声が聞こえてきた。

私が帰ってきたのに

いつまでもニャアニャア鳴くので、

夫はますますいらついて

「うるさい!」と声を荒げる。

なんだか、

私が家にいる時よりたくさん飲んでいる気もする。

でも、「kurulimpaが抑止力」では、

私がかなわないし、

そのうち、私がいるからという理由で

飲むようになるかもしれない。

私がいたっていなくたって

飲まないようになってくれればうれしいけれど、

いたっていなくたって飲むし、

いなければよけい飲んでしまうから

依存症なんだろう。

それにしても

いくら猫が好きじゃないからって、

ネコに当たりすぎる気がする。

私が留守中の彼の行動を

ネコが私に言いつけるとでも

思っているのだろうか?

あるいは、

自分の中の怒りを

一番弱い存在のネコに

ぶつけているんだろうか?

私からすれば、

存在そのものが愛おしいネコなのに、

夫からすると、

怒りの誘発剤なんだろうか?

なににせよ、

かわいそうなネコ cat weep

| | コメント (0) | トラックバック (0)

依存のしくみ

今、『Addiction and Grace』という本を読んでいる。

私の英語力だから、

けっこうゆっくりではあるのだけれど、

今読んでいるくだりは

依存がどうして起こるかについての説明。

ある物質を体内に取り入れたことで、

体内の均衡が崩れ、

それに合わせて

体の方が状態を変えていってしまう、

というようなことが書いてある。

ある物質に対する体の反応、

ということなら、

アレルギーと同じだよなぁ、

と思う。

アレルギーの場合は、

その物質を取り込むと

体が「緊急事態発生!」

という反応をするのに対し、

依存症の場合は、

体が「もっと、もっと!」

という反応になるっていうことなのかな。

その「もっと、もっと!」のために、

自分自信をだますような仕組みまで

作り上げてしまう、

というようなことが書いてある。

そういう説明を読むと、

確かに、依存症は意志でどうこう、

というレベルの問題ではないんだ、

と思えてくる。

今自分が、実質、失業状態なのは、

依存症について

勉強する機会が与えられたのかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ニーバー

今朝の新聞を読んでいたら、

コラムに神学者ニーバーの一節、

として引用があった。

<神よ、

 変えることのできるものについて、、

 それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。

 変えることのできないものについては、

 それを受け入れるだけの冷静さを与えたまえ>

あれれ?

これは、平安の祈りだ。

というわけで、

ニーバーについて検索。

ラインホールド・ニーバーという

アメリカのプロテスタント神学者で牧師。

政治学者でもあったらしい。

やっぱり、平安の祈りの作者だった。

ふ~ん。

まぁ、誰が作者であっても、

祈る私としては、

別にかまわないわけだけど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

のれん

私の部屋のドアは開けっぱなし。

洗濯機回しながらとか、

煮物しながら

ちょっと自分の部屋で用事できるようにしてある、

と言うと聞こえはいいが、

それもあるけど、モノがありすぎて

ドアの前を占拠していて

ドアを閉められないというのも事実。

パソコンは入口のわきにあり、

パソコンの前に座っていると、

ちょうど夫の部屋の入口が見える。

だから、夫が半日出勤になり、

家にいる時間が長くなってみると、

いやでも、その動向をいちいち見てしまう。

別に特に気にしていなかったのだけれど、

この前、生協のチラシですてきなのれんの写真を見て

はたと気がついた。

私からすると、

見たくもないのに

いちいち夫の行動を見てしまっている、

というところだけど、

夫からすると、

私がいつも目を光らせている

という気がしているかもしれない。

というわけで、

注文したのれんが昨日届いた。

ちょうどいい、突っ張り棒はなかったのだけれど、

昨日は、画鋲で仮設置。

今日は、ホームセンターで

突っ張り棒を購入して

ちゃんと設置。

部屋の中は変わらないのに、

なんだか、落ち着いた気分。

こころなし、夫も喜んでいる印象。

やっぱり、監視されている気がしていたのかな。

のれん、一枚、微妙な仕切り、

きっちり隔てているわけではないけれど、

でも、心理的な境目ができる。

これって、いわゆる「日本文化」かしら?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『激流』

冒頭から、ボートを漕ぐメリル・ストリープの姿。

なんでもこなすメリル・ストリープ、

ボートも漕げちゃうのね。

息子の7歳の誕生日に、

家族で川下りをしていたのが、

逃走中の強盗犯と同行することになり、

という、いわばアクション映画。

メリルのママは、

ラフティングもするけど

ろう学校で歴史を教えているし、

設計士のパパも

実はアウトドアも嫌いなわけではないし、

家族を守るためには岩登りもしちゃう。

知的でマッチョな夫婦が

家族に降りかかった危機を乗り越えるお話、

筋を知っていて見たせいか、

つまらなくはなかったし、

俳優陣か体張ったのはわかるけど、

それで?

という気分。

体育会系のメリル・ストリープが

びっくりといえばびっくりだけど、

話としては、

小学校低学年の子連れの家族そろってちょっとドキドキ、

というのにいい映画、というところかな。

いやぁ、それにしても、

45歳でラフティングする役をこなしたメリルも、

年を重ねれば、

しっかり貫禄がついた体型になっている、と思うと、

改めて親近感が湧いてくるのであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ヤギのチーズ

ブログネタ: アニメに出てくる「食べてみたい!」と思う食べ物は?参加数拍手

アニメに出てくる「食べてみたい!」と思う食べ物、といえば、

やっぱり、ハイジのヤギのチーズ!

火にあぶってたらぁリとした感じが、

なんだかすごくおいしそう。

ハイジのチーズと

ハイジが飛び込んで寝るわらのベッドは

本では味わえなかった

ハイジの世界。

ヤギのチーズ、

まだ食べたことはない。

ヒツジの肉も好き嫌いが分かれるから、

ヤギの乳から作ったチーズとなると、

けっこう個性的なような気がする。

わらのベッドもほんとはかなりちくちくする、

という話を聞いたことがある。

だから、どちらも、

本物は知らない方が幸せなのかも知れないけれど・・

ヤギの乳と言えば、

去年の暮に、メキシコ土産で

ヤギの乳のキャラメルをもらった。

ものすごく大きな袋を持ってきたので

何事かと思ったら、

キャラメル700g入りであった。

こんなに重いもの、おみやげにしたら、

荷物が重くなってたいへんだったろうに、

と思うけど、

メキシコの飛行機会社はアバウトなのかも。

外国のお菓子にあまりビビらない私も、

初体験のヤギの乳に、

ちょっとドキドキして食べた・・

確かに癖はあった。

知っている感覚でいうと、ヒツジ臭い。

まぁ、ヤギの乳なんだから、

ヒツジ臭いんじゃなくて

ヤギ臭いってことなんだろうけど。

でも、きわどいところで、

なんだか、後引くおいしさ。

カロリーも、すごくありそうなので、

私の手元に置いておくと、

1人で食べまくって

たいへんな事態になることが予想されたから、

「日本の甘さでないものが大丈夫」で

かつ

「ヒツジの臭い、大丈夫」と思しき人たちに

分けまくった。

娘も当然大丈夫、

と思って分けたのだけれど、

やっぱり「ヤギの乳」が怖くて

まだ食べずにいるらしい。

あぁ、書いていたら、食べたくなってきた。

あのお菓子の味から考えると、

ヤギのチーズもそれなりに

ヤギ臭くておいしいに違いない。

やっぱり、食べたみたいな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

朝ドラ

NHKの策略にはまったのか、

朝ドラを見てしまっている。

今週は、主人公の布美枝の幼少時代を描きながら、

後半は、お姉ちゃんのユキエ中心の話の展開。

この、ユキエさん、

端正な顔立ちだが、

なんといっても顔が小さい。

子どもの布美枝より小さい気がする。

どうも、見たことある顔だよなぁ、

と思っていながら、

役者の名前を確認すると「足立梨花」。

あれ、この名前、知ってる。

何年か前に、

虫さされの薬のCMに出てた子ではないか?

毎年、かわいい女の子が

同じように出てくるCM なのに、

なぜか、とても印象に残るので、

名前を調べたんだった。

私が知らなかっただけで、

順調に仕事をしていたのね。

ちょっと知っていた近所の子が

きれいなおねえさんになったのを見たときのような、

なんだかうれしい気分。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

さくら

今日は、実家に行く。

母が落ちた階段は

リフォームすることになった。

ついでに、1階のトイレも洋式にリフォーム。

たまたま業者が来るので

ついでに説明してもらう。

この前は、妹が説明してもらい、

今度は私。

どうせなら、いっぺんにしてくれ!

なんて気配はみじんも感じさせないのは

それが仕事と心得ているからなんだろう。

とりあえず、母が暮らしやすくなってくれれば

喜ばしい限りである。

帰り道、

実家の最寄り駅の桜、

根元まで頑張って咲いていた。

100402sakura  

やや、ピンボケ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

花見

今日は友人と

江戸東京博物館に『モンゴルの至宝展』を見に行く。

なかなかおもしろかったけれど、

ざっくり展示物が並べてあるので、

全体として、モンゴルの歴史を描いている

という感じではなかった。

どくろの飾りなんか

おどろおどろしいもののはずなのに、

けっこう間が抜けた顔をしていて

おかしかったけれど。

昼ご飯を食べてから、

江戸ゾーンの芝居小屋前の椅子に座り込み、

友人とたっぷり話をする。

その後、カフェに場所を移して

博物館の横の桜を楽しみながら

またまた話をする。

お土産屋で売っていた

犬張り子のぬいぐるみが

やたら可愛いぞ。

もっとも、

あれは、犬dog じゃなくて

cat に見えてしまうのは

私が、基本は猫派だから?

いろいろ生活に変化がありそうな

新年度が始まったけれど、

とりあえずは、幸先のいい一日であった。

この幸先のよさが

エイプリル・フールであったりしませんように。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »