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2010年1月

欲張り

宝石やブランド商品がほしいと思ったことはないけれど、

私は欲張りなんだと思う。

毎日、自分ができること以上のことを

したがる。

昨日、実家に行った帰り、

私は電車の中で

結局眠りこけてしまった。

それなら、早く寝ればよいものを、

昨夜はおとといの夜観た『The Hours』を

コメント付きバージョンで観てしまい、

結局、寝るのが遅くなった。

今日は、当初は、出かける予定があった。

頭の中で、

私はさっさと朝ご飯を作って出かけ、

一つ目の用事をこなして家に戻り、

昼ご飯を食べて午後の用事に向かう。

夕方、ため込んだレシートの整理も済ませ、

晩ご飯を作り、

読みかけの新書を読了し、

来週の仕事の下準備をして

おやすみなさい・・・

いやいや、そんなの、無理だって。

私のエンジンは、昔の軽自動車並みなのに、

私のやりたいことは大型トラックの馬力が必要だ。

しかも、かなり体が参っている。

昨夜は、風呂上がりのアラノン読書タイムに

寝てしまったではないか。

出かけて予定をこなしたとしても、

疲れが抜けないまま、

明日からの一週間を

暮らすことになる。

もちろん、出かければ、

会った人から元気がもらえて、

「出かけるの渋ったけれど、出かけてよかった。」

という結果になることも多い。

でも、やっぱり、今日は疲れちゃってる。

ゆっくりフレンチトーストを作り、

(『クレイマー・クレイマー』みたいに、

卵と牛乳をつけてすぐ焼くのでなく、

じっくり浸して、中をパン粥みたいにする方が私は好き)

夫のセーターの穴と私のマフラーの穴、繕って、

ネコと一緒にごろごろしている。

したいことを全部頑張るのと

それをしないでおくのと、

どっちが自分を大切にしていることになるんだろう。

よくわからないけど、

今日は、ヒッキーで行こう。

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なぁんだ

実家の玄関の謎の隙間、

テープを張る前に

よぉく見てみる。

扉の建付けや

サイズに問題があるわけではない。

しかし、蝶番がずれているわけでもないのに、

扉の上部ではズレがないのに、

下部ではズレがある。

どうしてだろう、

と扉の下の隙間を見ていて

気がついた。

扉のストッパーが

入口のレンガに接していて

その分だけ扉の下が浮いている。

つまり、無理やりストッパーがついていた、

というわけ。

母にも見てもらい、

とりあえず、ストッパーをはずすことに。

ストッパーをつけたのは、

ずっとずっと前のことだから、

ストッパーをはずしてみても、

長い時間をかけて変形した扉は

すぐには元に戻らない。

私が、外から扉を押してみても、

まだ隙間は残っている。

というわけで、

とりあえず、隙間テープを貼る。

時間がたてば、

少しは扉も元の形に戻るかも、

という淡い期待をして、

作業終了。

ストッパーをつけたのは父である。

想像するに、

父は、扉を開けた状態で、

一生懸命ストッパーをつけたのだろう。

ちゃんと粘着テープとネジで止めてあった。

扉を止めるのにちょうどいい高さの調整をして、

仕事が終わって

扉を閉めた時、

父は自分の失敗に気がついたに違いない。

なぜなら、実家の玄関は

外とたたきで高さが違うから、

ストッパーの高さを調整するだけでなく、

高さ調整の部分の位置にも注意が必要なのだ。

金具が一重の部分が

玄関の入口に接していなければならないのに、

厚みがある部分が入口に接してしまった。

しかし、父はそれを直さず、

強引に閉めてしまった。

それとも、

ちょっと変だと思ったものの、

強引に閉めてしまったのか。

とにかく、わかってみれば、

なんてことないミスである。

ストッパーをつけなおすか、

別のストッパーを使えばよかったのだ。

ちょっとした強引さが、

扉に変形を強いた。

歪んだ私たちにぴったりのエピソード。

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『オーシャンズ』

今日から『ラブリーボーン』が公開。

特に興味がある映画ではなかったのだが、

何かのはずみでHPを見て、

『永遠に美しく』のブルース・ウィリスみたいな

怪ししのおじさんは誰かな?

と調べてみたら、

スタンリー・トゥッチ!

メリルつながりで観たい気がしたけれど、

上映時間の都合で、

今日は『オーシャンズ』にした。

『ダーウィンが来た!』の、というか、

『生き物地球紀行』の壮大版という感じ。

よくぞ、こんな場面を撮影したものだ、

と感心してしまう。

自分が海の生き物になったかのような感覚がしたり、

かつお鳥が海に突っ込んできて魚を取る勢いに

圧倒されたり・・

一番楽しかったのは、南極のアザラシのシーン。

水にまだ入ったことのないアザラシの子どもを

水に入れるために、

母親アザラシが氷の下から子どもを呼び、

子どもが水の中に恐る恐る顔をつっこんで、

最後は水に入る、

というシーン、

氷の上からも

氷の下からも撮影している!

海の青さがとても魅力的。

自然保護のメッセージは、

そういう話を散々聞かされている私たちには

とってつけたような気もしたけれど、

いろいろな人たちが観るわけだから

まぁ、しかたないか。

あぁ、気持ちよかった!

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この母にして

妹から、

実家の玄関の扉の下に隙間があるのを知っているか、

と問い合わせがあった。

そういえば、知っていた。

それに気がついた時、

ものすごく変な心持がして、

母に「ここ、隙間があるよ。」

と言ったところ、

母は、「そうなのよね。」と答えた。

どうして、そのとき、

「『そうなのよ』じゃないでしょう?」と

突っ込まなかったのか、

自分でもわからない。

帰る時間が遅くなって、

少し気がせいていたのかもしれない。

母の答えに、何だか、ゴロゴロした気持ちを抱えたまま、

帰ってきてしまった。

そして、忘れてしまった。

妹は、ついこの間、その隙間に気がついたらしい。

それで、私に聞いてきたわけだが、

玄関の隙間を長年放置してきた母にも、

それに気がつきながら、

ノーアクションだった私にも

呆れているらしい。

母は、雨戸が少しずれて

隙間ができているのも嫌がるくらいなのに、

玄関のドアの下に隙間があるのは

何とも思っていなかったらしい。

いつだったか、玄関の扉を替えたことがあり、

そのときから隙間があるのかもしれない、

と言う。

挙句の果てに、そんなことになったのは父が悪い、

と言いだした。

いや、だれが悪いとか、悪くないとかいうことでなく、

家の顔である玄関のドアが

きちんとしたサイズでないことが変だ、

と感じない、それがおかしいって話なんだけど。

あばら家じゃないんだから、

そこがおかしいと思わないなんて、

メンタルか何かが歪なんじゃなかろうか、

と言う気がしてくるでしょう?

といくら、私が言っても、

母は

「自分は今までそんなの気にならなかったんだから、

 全然変だと思わないし、かまわない。」と言うばかり。

それなのに、私が冗談で、

「あれだけの隙間があれば、

ジャッキさしこんで、ドア壊せて

入ってこられるよ。」

と言ったら、

「じゃぁ、シルバーセンターにでも

相談するわ。」

と言いだした。

いやいや、普通の家、

ジャッキで壊して入ってくる泥棒なんて

いないから。

やっぱり、母は、どこか変。

ほんとうに大切にしなければいけないことを

ないがしろにしている気がする。

まぁ、私も、母にスルーされて、

結局のところ、

それを受け入れてしまったのだから、

やはり、何かが病んでいるんだろう。

妹は、

母と私がどうかしているから、

まっとうな自分が

きちんとしきらなければいけない、

と思っているらしい。

いやいや、

私と同じくらいの頻度で

あの家に出入りしていて、

最近まで隙間に気がつかなかったあなたも、

ほんとうは、同病かも、と思うけど、

それはここだけの話にしておく。

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ビミョー

今日は、二か月ぶりの夫の精神科受診日。

眠れているか、相変わらず飲んでいるのか、

などの確認後、

「まだ、大きなことはないんですね?」と

私に確認。

「はい。」と答えながら、

医者は、夫の飲酒が

常軌を逸するのを待っているのかも、

という気がした。

今は、少しの量でコントロールできているつもりでも、

いずれ、コントロールできなくなり、

ひどいことになるんですよって

そうしたら、専門の病院を紹介しますよ、

ということなんだろうか。

底つきしなければ、回復しようという気にならない、

ということを聞く。

だが、今の様子では、

まだ底つきは遠い気がする。

と同時に、

夫にとってあんまりかわいそうなことが起こる前に、

回復を望むようになればいいのに、

などと思わなくもない。

「いずれ、ひどくなる。」と思って

推移を見守りながら一緒に暮らすのは、

すごく底意地が悪い気がする。

私って、甘いか。

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就活

就活中の娘が、ときどき、しんどさに耐えかねて

電話をかけてくる。

昨日は、ある会社のグループ面接があり、

今日も、かなり志望度の高いところの説明会に出向いて

疲れた、と電話してきた。

娘は、プレッシャーがかかると、

ほんとうに愚痴りまくる。

「こんなこと言えるの、お母さんだけだから。」

とは言うものの、

疲れていると、ついつい、

いちいちそんなことで電話するか?

などと思ったりもする。

私の中では、

どんなにしんどくても一人で頑張らなくては、

という気持ちがある。

困ったから、追いつめられた気持ちになったからって、

誰かに話を聞いてもらうなんて、

してはいけない、

という気持ちがある。

なんとなく、ずっと、そう思ってきた。

少なくとも、結婚前は、そうだった。

でもいつの間にか、

そう潔くは暮らしてはいなくて、

ときどき、ものすごく屈折した形で、

他人をなじるようなぼやきを

夫やまだ幼い娘に話したような記憶がある。

次第に私の人の輪も広がって、

話を聞いてくれる友人ができてからは、

それほど娘にぼやいていないつもりだけれど、

ぼやいていない、という自信はない。

そんな母のぼやきを聞かされて育ったんだから、

今、不安を解消するために、

私に電話して来ても、

仕方がないかも、とは思う。

昨日の電話では、

どこぞの応募用紙に、

「この会社で内定が出たら、

 あなたは何パーセント、この会社に来るつもりか?」

という質問があって、

「100% 75% 50% 25% 0%」の

選択肢があったんだそうだ。

「ものすごく悩んだけれど、

100%に印をつけたよ。」

「でも、そこ、第一志望じゃないんでしょ?」

「お母さん、就活ってそういうもんなんだよ。」

一瞬、「それはあんまりだわ。」と思った世間知らずの私。

でも、もし、自分が就職活動していたら、

そこが第一志望でなくても、

やはり「100%」に印をつけるだろう、

と思いなおした。

それにしても、その「念書」みたいな質問は

なんなんだろう?

たとえ「100%」に印をつけていても、

必ず袖にする合格者がいる、

ということを承知で、

それでもやはり「念書」を取るというのが、

それがフツーなのだろうか。

応募者も会社も

なんだか無駄なエネルギー消耗する印象だけれど。

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餌は要りません

去年の暮、娘からのクリスマスプレゼント。

輸入雑貨の店で見つけたとか。

「鳥籠もあったんだけど、さすがにサイフが・・」

というわけで、

鳥だけ私の部屋に出現。

餌は要らないが、

ネコには狙われそうなので、

ネコが気づかない/気づいても来られないところに

飾ってある。

Fukuro

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『あおくん と きいろちゃん』

レオ・レオーニの絵本。

なかよしの「あおくん」と「きいろちゃん」、

ある日、お母さんに留守番を頼まれたにもかかわらず、

「きいろちゃん」に会いたくなって出かけた「あおくん」、

やっと「きいろちゃん」に会えて、

うれしくてうれしくて、

ふたりは、「みどり」になってしまう。

家に帰ると、どちらの家でも、

うちの子ではない、と言われてしまう。

2人は悲しくなって泣き出し、

青い涙と黄色い涙がこぼれて、

2人は全部涙になってしまう。

そして、青い涙は「あおくん」に

黄色い涙は「きいろちゃん」になり、

めでたく自分の家に帰れる、というもの。

アルコールと夫を切り離して考えてみようとすると、

この絵本のことを思い出す。

アルコールに対しては無力であること、

夫は本質的には優しい人間であること、

そこまでは、納得できる。

でも、アルコールを体内に入れた夫、

アルコールの作用を受けている夫、

つまり、「みどり」になってしまった夫を

どう受け止めればいいのだろう。

「あおくん」の両親も、「きいろちゃん」の両親も、

最初、子どもが「みどり」になって帰ってきたときは、

自分たちの子どもだとは認めない。

でも、そのあと、どうして「みどり」になってかわかると、

納得するのだけれど、

でも、それは、「あおくん」に対しても「きいろちゃん」に対しても

愛情があるからだろう。

「アルコールちゃん」と仲良しになった「○○くん」を

そのまま、よしとは受け止められない私。

たくさん泣いて、「○○くん」だけにもどらないだろうか。

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『アダプテーション』

テレビの『天使にラブ・ソング』もちょっと観たい気もしたけれど、

何度も観てるし、

二週連続で、金曜の夜は、メリルの夕べ。

古典的なストーリー展開の映画ではなかったので、

観終わったときは、

生まれて初めてマンガの『マカロニほうれん荘』を

読んだ時のような感じ。

蘭泥棒についての本の脚色に苦しむ

ニコラス・ケイジ扮するチャーリー・カウフマンの日常と

チャーリーがイメージする

蘭泥棒の本の著者のスーザン(メリル)の日々が

交互に描かれながら、

チャーリーがスーザンに会いに行くことで

双方がクロスし、

チャーリーの想像が裏切られる、

といった展開なのだけれど、

前に出てきたシーンとかせりふが、

後のシーンと微妙に重なるというしかけがあったりする。

メリルの役は、

有能なジャーナリストの女性が

自分の心のうつろさゆえに

蘭泥棒に魅かれて

結局、ドラッグ中毒になってしまう、

というもので、

日本のテレビだったら

2時間モノのどろどろストーリーになるか、

ちょっと前の桐野夏生の小説の題材になるんじゃないか、

といった感じ。

そのどろどろストーリーと

ニコラスの方のいじいじストーリーが

クロスして、

自分たちの不法行為の目撃者であるチャーリーを

殺すべく、

スーザンがピストルでチャーリーを脅して運転させているシーンは、

異質な2人が同じシーンにいる、という感じで

ものすごくアンバランスな印象。

不思議な映画だった。

adaptationて、

「適応」と「脚色」のふたつの意味があり、

その両方をかけているタイトルらしい。

ニコラス・ケイジが出ている映画を観るのは

『月の輝く夜に』以来。

なんとなく、情けなさそうな表情は相変わらずだけど、

やはり年をとったのね。

チャーリー・カウフマンの『マルコヴィッチの穴』は

評判がよかった、

という話は知っているけれど、

観たことがない。

一つの映画を観ると、

観てみたい映画が増えるけれど

とりあえず、メリル中心に観ていこうっと。

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「うれしくはないけれど、幸せ」

昨日は、私の精神科の受診日。

とりあえず、酔いつぶれていなかった正月のこと、

ささいなことで諍いになりかけたのを

夫の言葉でお互いに

言い争いをせずに踏みとどまったことなど、報告。

でも、正直、

少量ながら酒を飲んでいる人と

どう暮らしていっていいのか

わからなくなることなど話す。

医者いわく、たとえ飲み続けているにしても、

言い争いを踏みとどまった時の発言などは、

「シラフ」の発言だと思える。

量が少なくなれば、

それだけ「シラフ」の思考が増え、

ひいてはそれが自分の飲酒行動についての考察にも

つながるだろう。

そうですね。

考えてみれば、

人生の2/3以上、酒を飲んできたんだから、

そう簡単に、「すっかりやめる」というところには

至らないのも無理はないのか。

さらに医者が言うには、

「認知症の人などでも、

 そうだと宣告されてからも、

 ご本人もご家族も

 その後の人生があるわけで、

 それをどう暮らしていくか

 というのが大切になるでしょう?」

「もちろん、そうなったのは残念だけれど、

 ただ平穏に時が過ぎるのを待つのではなく、

 それなりの生き方があるでしょう?」

「『うれしくはないけれど、幸せ』

 ということはあるんだと思いますよ。」

なるほどね。

実を言うと、「幸せになりたい」ということについて

真剣に考えたこと、

これまでの私にはなかった。

人生に一度くらい、

「幸せって何?」と

考えてみるかな。

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関係の再構築

自殺願望にとりつかれた人間が

自殺願望から解き放たれないように、

アルコールにとりつかれた人間は

アルコールから解き放たれないんだろうか。

父は自殺願望に目をつけられ、

夫はアルコールに目をつけられてるのか。

父のことは、ことが過ぎてから

ようやくそういうことだったのか、

と少しわかってきた。

で、夫のことは?

アルコール依存症との対し方について

「手を離せ」と言われる。

「手を離して神に預ける」

確かに、ハイヤーパワーは

夫のことを預かってくれたのかもしれない。

先日、些細なことで、

夫も私も自分の方が正しいと

自己主張のしあいになりかけた時、

不意に夫が

「やめよう。こんなこと、言い争ったって仕方がない」

と言った。

その瞬間、

なんだか、ハイヤーパワーが

夫に手を差し伸べているように感じた。

そういう時間を重ねていくことで、

ゆるゆると

夫は回復へ向かえるのだろうか。

そして、夫と私は、

関係を、絆をきちんと作りなおしていけるんだろうか。

関係の再構築に、

何か明確なゴールがあって

そこにいつたどりつけるのか、

それが気になる。

そこにたどり着くのと、

夫の脳や体が、

アルコールによるダメージで

タイムアウトになるのと

どっちが早いのだろう。

それが気になる一方、

タイムアウトになる前に

ゴールに着けることが大切なのか、

という気もしてくる。

とりあえず、

関係の再構築と向かい合うことが大切なのか、

とも思う。

というか、そう思う方が

私としては、気が楽である。

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とどのつまり?

アラノンの本を読んでいて、

ときどき、わからなくなる。

アルコール依存症者に

飲む口実を与えないような態度で暮らしはするものの、

結局、依存症者が飲むのをやめるかどうかは

わからない。

わからないけれど、

そうした態度をとり、

自分が良くなることを考えて暮らしていく方が

平穏な気持ちで暮らせる、

ということになるんだろうか。

飲み続けている依存症者の横で

自分を愛していけるようになろう、

ということなのか。

なんでも、要約したがる私の性癖。

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テレビにメリルが・・

またまた、メリル・ストリープの話。

朝、弁当と朝御飯の支度でバタバタしている時、

テレビで『ゴールデングローブ賞』の話題が。

どうせ、作品賞の『アバター』のこととか、

ドラマ部門とミュージカル・コメディ部門でノミネートされ、

(去年のメリルとおんなじだけど)

ドラマ部門で主演女優賞を獲った

サンドラ・ブルックの話でもするのか

と思っていたら、

それらもとりあえず紹介されたけれど、

なんと、メリルがスピーチしているところが

映し出された。

わお。

昨夜、ネットの画面で見たのより、

大きい画面で見た方がやっぱりステキ。

『マンマ・ミーア!』のキャンペーンで来日した時

インタビューした時の映像があったから

流したかったのかも。

番組のキャラクターのズーミンのぬいぐるみをもらって

かわいい、なんて言ってる heart01

さすがに、あとは代表作の紹介で、

ゴールデングローブ賞の受賞のスピーチで、

「ジュリア・チャイルドを演じる時、

 ジュリアだけでなく、自分の母親に対しての

 オマージュも込めて演じた」

と、感激で涙声になっていた様子までは

紹介されなかったけれど。

朝から、思いもかけずメリルの姿が拝めて、

今日は、非常に幸せ。

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ゴールデングローブ賞!

所詮は、アメリカ映画界のお祭り騒ぎには違いないんだけど。

メリル・ストリープ、

ゴールデングローブ賞、

『ジュリー & ジュリア』で

ミュージカル・コメディ部門の

主演女優賞を獲得!

ファンサイトに画像がアップされるのが

待ち遠しい。

ほんとうは、

明日の仕事の準備をしなければいけないのだけれど、

どうも、まだ腹が据わらなくて、

インターネットで遊んでしまって見つけた情報。

いつまでたっても、

仕事のプレッシャーを楽しむ、

というのは

なかなかに難しい。

いざ、仕事となれば、

追いつめられると何とかしてしまうタイプだから、

なんとかなるのだけれど、

準備段階でのプレッシャーは

やはり慣れなくて、

ついつい逃げ出したいと思ってしまう。

夫が、半日で帰ってきて、

家にいるのも、

なんだかプレッシャー。

ひとりで羽を伸ばしていても、

結局、仕事のプレッシャーはあるのだけれど、

夫がいると、プレッシャーが五割増しなのは、

どうしてだろう?

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信者失格?

昨夜、『プラダを着た悪魔』のDVDのパッケージを

手にとって見たら、

「2006年度アカデミア賞主演女優賞ノミネート

 メリル・ストリープ

 (ゴールデングローブ賞主演女優賞受賞)」

と書いてある。

アン・ハサウェイ演ずるアンドレアのファンである娘が

推薦していた映画だったし、

物語もアンドレアの視点からのものだったから、

つい、主人公はアンドレア、

と思っていた・・

パッケージの写真だって、

メリルとハサウェイの二人が同じ大きさで出ているバージョンか、

ピンヒールの靴の写真だけのものか

どちらかだったし・・

なんてことでしょう。

信者失格かも。

メリルは、今度のゴールデングローブ賞、

ミュージカル・コメディ部門の主演女優賞で

「Julie & Julia (邦題:ジュリー & ジュリア)」と

「It's complicated (邦題:恋するベーカリー)」の2本で

ノミネートされているけれど、

アカデミー賞もノミネートされるかなぁ。

『ジュリー & ジュリア』は

東京ならまだ公開しているところもあるけれど、

さすがに時間もお金もないから、

あとはDVDの発売待ち。

『恋するベーカリー』は

昨日実家に行く時、

JRの駅のホームでポスターを見かけた。

タイトルがものすごく無難で、

ポスターもアメリカ版と比べると

ものすごく面白みがない。

日本の映画会社って、

中年男女の恋愛のあれこれというのを

前面に出したくないのかもしれない。

中年男が若い女の子と仲良くなるのは

ものすごく宣伝したがる癖に。

とはいえ、映画そのものは

アメリカでの評判がとてもよいせいもあり、

我が家の近所の映画館でもやる予定。

公開が楽しみ heart01

ちょっと抜けているけれど、

やはり私はメリル・ストリープの信者である。

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信者?

昨日、就活で苦戦中の娘から

ぼやき電話がある。

「まぁ、元気出して。」なんて月並みのことを言ってみたら、

「そうね。

 今日、『プラダを着た悪魔』をやるから

 それ見て、リフレッシュしよう。

 日本語だけど。」

と言う。

おや、まぁ。

仕事で手一杯で、

テレビ欄なんて見てなかった。

私「副音声で見ればいいじゃない。」

娘「私のテレビ、そんな高度な機能、ついてないと思うよ。」

私「でも、吹き替えで観るなんて、

  ちょっと嫌じゃない?」

娘のテレビの機能がどうなっているかはともかく、

とりあえず、新聞のテレビ欄を見る。

あ、ほんとだ。

アン・ハサウェイが主演のはずなのに、

メリル・ストリープの方が先に名前が出ている。

で、「夏木マリ」。

ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!

夏木マリは、嫌いじゃない。

いい女優だとも思う。

でも、メリル・ストリープじゃないし、

映画の役のミランダのイメージとも違う。

そんな『プラダを着た悪魔』なんか、

見たくない。

とはいえ、今、テレビにメリル・ストリープが映っていると思うと

ついテレビをつけてしまった。

ちょうど、アン・ハサウェイと

スタンリー・トゥッチが出ている場面だったのだが、

吹き替えの人には悪いが

イメージが全然違う。

すぐに副音声にして

日本語字幕オンにして

結局見てしまう。

あれ?

あの場面がないぞ、

など思っていると、

また娘から電話。

テレビで映画を見ている、

と言ったら、

彼女はやはり吹き替えに耐えられなくて

チャンネルを変えてしまったとのこと。

娘「でも、お母さん、DVD持っているんでしょう?」

私「もちろん、持ってるよ。

  でも、今、この時間に、

  メリル・ストリープの映画をやっているとわかっていて、

  自分が観られる状態にあるのに

  観ないなんて、そんなことできない。」

娘に呆れられるかと思ったら、

娘「私は(アーティストの)Nさんの信者だけど、

  お母さんはメリル・ストリープの信者だね。」

私「もちろん!」

娘「人に迷惑かけるわけじゃないし、

  信者でいいよね。」

私「そうだ、そうだ!」

メリル扮するミランダが、

最後に、アンドレアの姿を見かけて

お茶目にくるくるっと目を回すところが

やっぱり素敵だなぁ、

と、信者は幸せな気持ちで

金曜日の夜を締めくくったのだった。

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安全運転

新しい仕事場、二日目。

明日は休みだと思って気が緩んだのかもしれない。

踏切やら信号やらで

左折に時間がかかる道を回避しようと

走った道が、実は一方通行。

対向してきたバスの運転手に注意されて、

自分が逆行しているのに、気がついた。

別の道のT字路では、

どうして対向車が止まっているのだろう、

と思いながら、

目の前の赤信号を無視して直進。

右折してきた車は、

「なんじゃ、こいつ」と

思っただろうなぁ。

東京で暮らすクラスメートが

「運転なんて、あんな一時にいろいろなことするの、

 もう無理。」

と言っていたのを、

田舎暮らしではそうはいかない、

と聞き流していたけれど、

私も怪しいもんだ。

何より、新しい仕事をしたからって

こんなに疲れてしまうなんて・・

まだ、気力はあるつもりだったのに、

そうでもないのか。

やっぱり、自然体で暮らせていないのか。

せいぜい、安全運転に努めよう。

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早起き

家人の場合、職住接近もいいところである。

車で5分。

本来なら、歩きかチャリで出かけていただきたい。

でも、夏は暑いし、冬は寒いからとてもそんなことできないし、

春や秋も、いつ、

他に出かけなければいけなくなるかもしれないから、

と、公共交通機関が不備なのを理由にして

結局、車で出かけている。

学校に通う子どもも今はいないから、

我が家の朝は、思い切り遅い。

今日から、

私は仕事で、それなりにまともな時間に

出かけなければいけない。

あれこれすることがあるから、

6時過ぎに、寝ぼけ眼で

とりあえず布団から這い出る。

あれこれ支度をして、

ゴミ出しに行くと、

電車に乗って出勤する人が

チャリで駅に向かう姿を見かけた。

みなさん、毎日、偉いなぁ。

私も、ちゃんと朝型にシフトできるようになろうっと。

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Bravo !

月曜日に鑑賞したバレエ、

子どもたちもたくさん観に来ていた。

お母さんと一緒の

小学校中学年以上の女の子たちが多いようだったが、

私の斜め前に陣取ったのは、

お父さんと小学校低学年の子どもたち。

男の子二人と女子一人。

男の子の一人は

ひょっとしたら幼稚園児かも、

というくらいの感じ。

未就学児の入場はお断り、とあったけれど、

微妙な気がする。

女の子は小学二年生くらい、

その上の男の子は三年生くらいだから、

もし、一番下の子が小学一年生なら、

年子の連続で

小さいころの子育てはたいへんだったに違いない。

さて、この子どもたち、

とてもおしゃれして来ていた。

女の子は着物で髪も結っているし、

男の子たちもブレザー着ていて、

お正月の晴れ姿、というより、

時期をずらして七五三したのかしら、

といった趣。

お父さんの髪型も

脇を剃り上げてあって

後ろで髪をしばっている、

という、いわゆる勤め人にはなかなかいない髪型。

ひょっとすると、踊りが仕事の人なのかもしれない。

S席に子ども3人を連れて行こう、

というのは、

娘とバレエ鑑賞したことのない私には、

ちょっとした決断に思える。

子どもたちも、

何度かバレエの鑑賞をしているらしく、

拍手のポイントを心得ているだけでなく、

「ブラボー!」と声をかけていた。

この子たちは、こうやって

バレエを見る目を育てていくのだなぁ、

と、思うと同時に、

でも、学校でいじめられたりしてないだろうか、

と、気にもなった。

表向き、

人は違いがあって当然、

と言っているくせに、

こういう場面で、

他の人との違いが生む軋轢を心配をしてしまう自分は

けっこう人の目を気にする奴なのかも、

と改めて自分のモノの感じ方に

驚いた。

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キャパ超え

『白鳥の湖』

音楽は心地よく、

心地よすぎて舞台の踊りに集中できず、

つい目を閉じてしまい、

あっと目を開けて

薄暗く青い舞台の上に

白いチュチュのバレリーナが並んでいるのが見えると、

一瞬自分がどこにいるのか

わからなくなる。

舞台では言葉は使われていないわけで

予習しているから話の流れはわかるけれど、

言葉による説明がなくて、

視覚と聴覚だけで

イメージを共有していくのって

ひょっとしてかなり高度な楽しみなのかも。

私は、どうしても「言葉」を手掛かりに

話の展開をつかみたがるので、

これはかなり難しかった。

でも、舞踏会のシーンで

オディールの表情が

なんというか、

王子を必ず「落としてみせる」という雰囲気があって

オデット姫の踊りより

ずっとわくわくした。

それにしても、以前、高校時代に、

学校から歩いて能楽堂に行って、

『松風』を鑑賞したときも

楽しみにしていたのに、

今回のような結果に陥ったことがある。

この時も、『松風』の話の流れなどは

いちおう勉強していったはずなのだが、

言葉がわからない地謡は

心地よい音楽以外の何物でもなく、

やはり夢かうつつか状態で時間が過ぎてしまった。

耳に音楽、

目に踊り、

言葉が存在しない表現は、

どうやら私のキャはを超えたことのよう。

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バレエ鑑賞デビュー

恥ずかしながら、バレエの公演というものを

これまで一度も観たことがない。

生協のチケット案内で

レニングラード国立バレエの案内があったので

チケットを購入してしまった。

『白鳥の湖』

有名な旋律やら、

魔女に白鳥に変えられてしまったお姫様のことなどは

知っているけれど、

ちゃんと全部は知らない。

今日は、上京して観てくる。

去年の今日、

離脱症状で路上に倒れていた家人は

本日は、おおむねまっとうに

過ごしている。

もちろん、彼は

バレエを観たいとは全然思っていないので

私一人で出かける。

マチネーだから、

おでんを仕込んでおいて

いざ出発!

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地元の牛肉

ブログネタ: 「しゃぶしゃぶ」vs「すき焼き」、どっちが好き?参加数

子どものころ、牛肉の鍋、といえば「すき焼き」で

「すき焼き」と言えば、ご馳走だった。

しかし、ある日、なぜか突然「しゃぶしゃぶ」なる鍋が登場し、

生卵がそれほど好きでない私の中では

「しゃぶしゃぶ」が「すき焼き」の座を奪い去った。

つまり、私は「しゃぶしゃぶ」派。

娘も、断然「しゃぶしゃぶ」派である。

すき焼きの濃い味付けが嫌らしい。

しかし、家人は「すき焼き」大好き。

基本、家人は甘辛味が好きだし、

なんといっても、「すき焼きがご馳走」の世代である。

かつまた、彼の子ども時代

「しゃぶしゃぶ」は

彼の食卓に登場しなかったのだ。

だから、彼にとって

「しゃぶしゃぶ」は新参者、

という感じなのである。

一昨年の家人の還暦のお祝いには

妹が飛騨牛を贈ってくれて

すき焼きを楽しんだ。

今年の正月も

その飛騨牛を食べようかと思ったのだが、

ネットで注文しそびれたので、

地元の肉屋で

少し安めの値段で

地元の名産品の牛肉を買って

しゃぶしゃぶで食べた。

家族三人の一致した意見は、

飛騨牛に負けてない!

がんばれ、○○牛!

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家族写真

毎年正月は、実家でみんなそろっての写真を撮る。

家人の母が生きていたころは、

妹一家が実家に行く日に、

こちらは義母のところに年始に行くから

両家族そろって、というわけにはいかなかったが、

それでも、父がカメラをセッティングして

一緒に写真を撮った。

父が亡くなってからは、

父のカメラで

私たちが写真を撮っていた。

しかし、父のデジカメも

だんだん古い型になったきたので

今年は、妹のカメラで撮った。

添付で送られてきた写真を保存したついでに、

去年の写真を見てみた。

父のカメラで私が撮った。

写真に映る家人の顔を見て

びっくりした。

正月で、酒を飲んでいるからにしても、

顔がずいぶん赤い。

妹の連れ合いは

それほど赤い顔をしていないのに。

そして、顔つきがおかしい。

目がトロンとしていて

知性の光がまるでない。

去年、この写真を見たときには

気がつかなかった。

離脱症状で幻視したりする一週間前のこと、

こうしてみると、

前兆はあったのだ。

今も、酒を飲むことから完全には逃れられずにいる家人。

でも、確かに一年前よりは

確実にいい表情になったと思う。

そのことを

家人に伝えたいと思う一方、

ほとんど記憶がない時期と比べて

「よくなったね」と言われても、

当人も戸惑うばかりのような気もして

言えないでいる。

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ナビ能力衰退?

来週から始まる仕事の場所の確認に出かける。

パソコンのナビで道順を確認し、

地図も見て、

久しぶりに通るところは

記憶を掘り起こし、

いざ出発。

しかし、ちょっと確認の仕方が甘かった。

ほんとは左折しなければいけないところで、

一瞬、「直進でいいのか?」とためらいつつも直進。

おかしい。

通るはずの信号の標識が出てこない。

とりあえず、目的地につければよしとして、

方向音痴でないのを幸いに、

何とか目的地にたどり着けたが、

予想よりだいぶ時間がかかってしまった。

やはり仕事の時は、

もう少し、早起きしなくては、間に合わない。

目的地について一息ついたら、

昔、15年以上前に、

自然博物館に行くのに

通ったことがあるはずの道の一部だったことに

気がついた。

運転席からも助手席からも

何度か見た道なのに、

なんで混乱したんだろう?

新しくできた道路を通ったり、

通ったことがあった道でも

景色も変わったりしたからだろうか?

それとも、仕事の内容が

これまでとちょっと違うので

気持ちが緊張していたせいだろうか?

すっかりあたふたしてしまった。

なぁんだ。

あの道ではないか。

帰りは、行きの半分の時間で帰ってこられた。

ひょっとすると、

知らないところに行く時は、

家人のナビつき車を利用するようになったせいか、

地図確認する能力が弱くなってしまったのかもしれない coldsweats01

家に帰ってから、

地図を見て、自分の通った道を

よぉく復習しておいた。

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だいだい

今日は七草粥を食べ、

しめ飾りをはずした。

しめ飾りについているだいだい、

毎年、ちゃんと使おうと思って、

結局ダメにしてきた。

しめ飾りは、生協で買う。

生協に入ったのは、娘が生まれて、

食べ物に気を使い始めてだから、

もう20何年、だいだいを持て余してきていたことになる。

今年は、とっとと使ってしまおう、

と、晩ご飯で白菜のサラダのドレッシングに使った。

思い切り酸っぱくて、

サラダに入れたハッサクが

ちっとも酸っぱく感じなかった。

あっけなく処分できてしまった。

なんで、毎年、先延ばしにしていたんだろう。

20何年抱えていた宿題を

ついに果たせた感じで

ささいなことだが、達成できて

うれしい年の初め。

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口は・・・

今日も、痛風患者は痛みがひどくて、お仕事休み。

去年の今頃は、風邪気味と言って休みが続いていた。

それで、幻視をするようになり、

成人の日に、私の留守中に

道路上にコケて、入院に至ったのだっけ。

それを思えば、

充分不安な気持ちになりそうだが、

まぁ、それほどでもない。

寒気団が迫っているのだから、

痛風で痛いのは本当だろう。

痛みをごまかすために

大量に飲んでいるかどうかは

私にはわからないが、

痛いのは気の毒である。

とはいえ、

家人の体の痛みが

リウマチによるものでなく

痛風によるものだと判明した時は、

正直、「自業自得」と思ったのも事実である。

娘に、家人の病名を報告した時、

リウマチだったら、

膠原病だから、

酒は病気によくないものの、

治らないとわかっているから、

逆にそれに耐えられずに

飲酒を続けるのを正当化されるような気がしていたけれど、

痛風なら、治るし、

飲酒が発病と関係しているとも考えられるし、

痛風で、ちょっとほっとした、

と言う話をした。

とはいえ、家人の前では、

リウマチでないから同情しない、

とは言わずにいたのだが、

先日、娘が帰省中に

家人に対して

「痛風なんだから、同情はしないよ。」と発言。

私の言った内容をそのまま話しているので、

冷や汗がたらり。

娘の言うことだから、

家人はちょっとキョトンという顔で聞いていたが、

私が言ったら、ケンカになったかもしれない。

私が言ったらケンカになるようなことは、

言わなければいいのだ。

我ながら、

言葉には気をつけなければ、

と反省。

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寒気団

今でも充分寒いのに、

寒気団が近付いているらしい。

そのせいか、

今朝、家人は痛風の痛みがひどくて

勤めを休んだ。

昨日、娘が自分の住まいに戻り、

今日は、家人が休み!

今までの私だったら、

かなり落ち込んだ気分になっているところなのだが、

なぜか、それなりに穏やかに過ごした。

模様替えして、

部屋もキッチンもまだきれいだからかもしれない。

とにかく、いつもとっつかまってしまう、

いやぁな気分が今のところ

私を悩ませていないことだけは確か。

ひょっとして私、

少しまともになったんだろうか。

明日は、今年最初のアラノンだ。

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初ぶっ飛ばし

またまた娘をヤドカリ先に送ってきた。

昨夜は娘の愚痴を聞いて寝るのが遅くなったものの、

家人は御用始であるから、

まともな時間に起きたので、

なんとなく力が入らなくて、

夜の高速に乗った時は、

ちょっと怖かったのだが・・

娘を置いて帰る道は、

不安がなくなって

飛ばして帰ってきてた。

川の手前は、今夜も少し霧が出ていた。

視野の端に、ちょっと太目の弓張り月を捉えつつ、

前を行く車のテールランプが見えるまで

アクセルを踏みこんで

走り抜けてしまう。

なんで、一定の速さで走れないんだろう。

こういう抑制心が利かないところ、

やっぱり、病んでいるからなんだろうなぁ。

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初疲れ

今年は、けっこう心穏やかに始まり、

昨日は、実家に年始の挨拶、

妹一家とも友好関係を深めたつもり、

であった。

しかし、妹に、

我が家の娘が

妹の息子たちをちょっと苦手にしていることを

話してしまったのが、よろしくなかったらしい。

妹から、そんな話をしなくてもよかったのに、

と言うメールが来た。

確かに、言わなくてもよかったのかもしれない。

でも、知ったからと言って、

特にどうと言うことでもない話だとも思う。

「あぁ、そうかも。」といった程度の話のはずなのだが。

もちろん、自分の子どもを苦手と言われたら

うれしくないかもしれないけれど、

いとこ同士がなかよくできずにいる、

という現状認識をするくらい、

怒らないで付き合ってほしかったのだがなぁ。

なんだか、妹のメールを読んだら、

疲れてしまった。

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初夢

そういえば、見たような、まだ見ていないような

今年の初夢。

子どものころに、初夢に富士山が出てきたけれど、

夢の中で、ものすごい天変地異が起きてしまい、

これっていい夢なんだろうかって

悩んだなぁ。

一富士、二鷹、三なすび

今夜あたり、

富士山のすそ野で

鷹狩りしながら、

茄子のてんぷらでもたべるって、

徳川家康にでもなった夢でも見るかな。

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初詣

部分月食を見てから寝たので、

当然、ゆっくりめに一年が始まった。

娘は、某アーティストの

イヤーカウントダウンライブ(昨夜)と

ニューイヤーライブ(今夜)に立て続けに

行っている。

それが彼女にとって、

ある意味、初詣かも。

我が家の初詣は、

仏様も神様どちらにも出かける。

お屠蘇なしの今年の正月も、

なぜか私の運転で、

まず、観音様に詣でてから、

神社参拝。

出かけるのが少し遅くなった気がしていたが、

どちらもけっこう人が多かった。

神社では、参拝するまでにそれなりの列ができていた。

順番を待っていると、

私たちのすぐ後ろから男の子の声が聞こえる。

「ねぇ、『願い事』ってなぁに?」

どうやら、これから、何をするかについての説明で

わからない言葉だったんだろう。

ちらりと振り返ると、

3歳くらいの男の子が

じれったそうにお母さんに質問を繰り返していた。

お母さんが、

「『お願い』のことよ。」と言うと、

子ども「なりたいものとか?」

お母さん「今年、何をしたいとか、・・」

子ども「『今年』ってなぁに?」

お母さん「1年のこと。1月1日から、12月31日まで。」

おぉ!

坊や、君は、

「お願い事」も「今年」もない世界に生きているんだね。

まさに、「今日一日」を生きているのか・・

今年の初詣、

私の願い事は、商売繁盛でも家内安全でもなく、

ちゃっかり平安の祈り。

 私にお与えください

 自分には変えられないものを受け入れる落ち着きを

 変えられるものは変えていく勇気を

 そして、ふたつのものを見分ける賢さを

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