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超越した存在

アラノンの本を読んでいると、

「神」とか「ハイヤーパワー」とか言う言葉が出てくる。

「神」ということばは使っていても

特定の宗教の神ではなく、

一人ひとりの人間を超越した存在、

という感じで、

誰かと共有するイメージは持たなくていいらしい。

それでも、アラノンの本を読み始めたころは、

正直、

「神」だとか「ハイヤーパワー」という言葉が出てくると、

「う~ん、私、アラノンに行っていていいのかな?」

と思ったりしたことがあったことも確か。

ひょっとして、二進も三進もいかない状態に陥った自分は、

不思議の宗教に入り込んでいくのだろうか?

とも思った。

まぁ、しかし、

引き返せなくなった時は、

それはそれ、

そういう人生なのだろう、

と覚悟を決めて、

とりあえず、毎晩、

少しずつ本を読んでいる。

すると不思議なもので、

それほど、「神」とか「ハイヤーパワー」が

いかがわしい印象ではなくなってきた。

それこそが危ないのかもwobbly

まぁ、もう少し様子を見よう。

「神」は、私の中では、

「人事を尽くして天命を待つ」などと言った時の

「天」に重なる。

自分ひとりで、人生が仕切れるわけではなくて、

そういう、個々の人間を超越した存在や

人生の綾とも思える不思議な展開を

受け入れる余裕を持て、ということか。

など、当たり前と言えば、

当たり前のことを

けっこう神妙に考える今日この頃。

何もかもが急展開しているわけではないけれど、

それでも、

遅まきながら、

ほんとうに、自分の人生と向かい合うようになってきたのかも。

そのきっかけが、

実は、家人のアル症だと思うと不思議。

以前の自分だったら、

そのことを「人生の皮肉」と受け止めたと思う。

でも、今の私は、そうは思わない。

家人が身を呈して、

私の人生に転回点を与えてくれたような気がする。

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コメント

私もハイヤーパワーという言葉にはたじろぎましたね。
これは一種の新興宗教なのかと思いました。
でも宗教をいちおう持ち、教会に通っている私が、宗教ではないアラノンに助けられているので皮肉なものです。

今は私も、アラノンで言うところの「神」や「ハイヤーパワー」が「天」という解釈なんだと思っていますよ。

そしてまさしく同じ。
彼にであった頃の私は「何でこんな男と。一体私が何を悪いことしたというの?」などと悶々としていましたが、今は彼と知り合って、自分の中の病んだ部分を真っ向から見つめることができて、感謝しています。ま、相手が天使には、とても見えませんが。(笑)

投稿: 和 | 2009年11月19日 (木) 00時47分

相手が天使に見えないのは、私も同じです。
どれだけおまけしても、「ムーミン」といったところでしょうか。もちろん、「パパ」の方ではありません。(笑)

投稿: kurulimpa | 2009年11月19日 (木) 22時34分

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