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捨てられない

父と母は、以前、小さな会社を経営していた。

母は、倹約をモットーにお金をやりくりし、

私も妹も私立大学に行かせてもらった。

私なんか、浪人もしてしまったし。

2人が会社をしめたのは、

もう何年前だろうか。

そのとき、会社のあれこれを

全部実家に持ってきた。

そのうち、整理するつもりがあったのかなかったのか、

実家は、いらないものがたくさん置いてある。

それに業を煮やした妹が、

せめて玄関に置いてある机を片付けよう、

と言い出した。

というわけで、今日の実家行きは

妹と二人で片づけ。

ついでに、私はリビングのカーテンの洗濯も敢行。

リビングのカーテンは

天井の高さからあるので、

母がそのカーテンを脚立に上って外すことを考えたら、

ちょっと一人のときにはしてほしくない、

という気持ちになってしまったのだ。

去年の暮れ以来の洗濯になったカーテン、

やはり小ざっぱりして気持ちがいい。

玄関に置いてあった机は、

なんというか、迷宮。

今、持っていても使わないものが続々出てくるので、

妹と容赦なく捨てた。

それでも、まだ、モノが残ったのだが、

時間の制約もあるので、

今日は打ち切り。

母は、きれいになったと喜んでいる。

「パパは捨てられない人だったし、

 私もそんな感じだから」

妹は、年を取ると片づけられないから、

と考えているようだが、

それはちょっと違うようにも思う。

父も母も、モノを捨てられないのだ。

実は、私もその血を継いでいるから、わかる。

捨てるというのは、モノに対する執着のケリをつける、

ということ。

しかし、周りへの執着を感じることでしか、

自分の存在を確かめられない人間は、

モノを捨ててしまうのが怖い。

だから、取っておけば役に立つこともある、

とか、

捨ててしまうのはもったいない、

とか、

いろいろな理由をつけてモノを捨てない。

捨てようとしない。

捨てられない。

あぁ、それにしても、

本来、父や母が片づけるべきだった品々を

私たちが片づけてよかったんだろうか。

そりゃ、いくら待ったって、

死んでしまった父には片づけはできないし、

日々、年を取ることに面喰っている母にも

片づけはできなかろう。

放っておけば、母が亡くなってから、

私たちが片づけることになるのだろう。

そのとき、私たちも今より年を取っているから、

片づけをするのはしんどいに違いない。

しかし、それは、母のためにならんのではなかろうか。

とはいえ、年老いた母に、ゴミに依存するな、

なんて話をしても、通じるわけもないし・・・

何だか、妹の、共依存の片棒を

担がされたような気もする。

ん~、微妙にもたれあっている私たちだなぁ。

それにしても、

そんな依存関係はともかく、

私も、何とかしなくてはいけないぞ、

自分の家。

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コメント

ここ数日、パニック障害の発作と、うつ状態ので、午前中は起き上がれませんでした。
心臓が痛いです。脈拍が150以上になっているからでしょうか。

きょうは午後から出社にしてもらいました。

投稿: TheBeach | 2009年10月31日 (土) 01時54分

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