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2009年10月

捨てられない

父と母は、以前、小さな会社を経営していた。

母は、倹約をモットーにお金をやりくりし、

私も妹も私立大学に行かせてもらった。

私なんか、浪人もしてしまったし。

2人が会社をしめたのは、

もう何年前だろうか。

そのとき、会社のあれこれを

全部実家に持ってきた。

そのうち、整理するつもりがあったのかなかったのか、

実家は、いらないものがたくさん置いてある。

それに業を煮やした妹が、

せめて玄関に置いてある机を片付けよう、

と言い出した。

というわけで、今日の実家行きは

妹と二人で片づけ。

ついでに、私はリビングのカーテンの洗濯も敢行。

リビングのカーテンは

天井の高さからあるので、

母がそのカーテンを脚立に上って外すことを考えたら、

ちょっと一人のときにはしてほしくない、

という気持ちになってしまったのだ。

去年の暮れ以来の洗濯になったカーテン、

やはり小ざっぱりして気持ちがいい。

玄関に置いてあった机は、

なんというか、迷宮。

今、持っていても使わないものが続々出てくるので、

妹と容赦なく捨てた。

それでも、まだ、モノが残ったのだが、

時間の制約もあるので、

今日は打ち切り。

母は、きれいになったと喜んでいる。

「パパは捨てられない人だったし、

 私もそんな感じだから」

妹は、年を取ると片づけられないから、

と考えているようだが、

それはちょっと違うようにも思う。

父も母も、モノを捨てられないのだ。

実は、私もその血を継いでいるから、わかる。

捨てるというのは、モノに対する執着のケリをつける、

ということ。

しかし、周りへの執着を感じることでしか、

自分の存在を確かめられない人間は、

モノを捨ててしまうのが怖い。

だから、取っておけば役に立つこともある、

とか、

捨ててしまうのはもったいない、

とか、

いろいろな理由をつけてモノを捨てない。

捨てようとしない。

捨てられない。

あぁ、それにしても、

本来、父や母が片づけるべきだった品々を

私たちが片づけてよかったんだろうか。

そりゃ、いくら待ったって、

死んでしまった父には片づけはできないし、

日々、年を取ることに面喰っている母にも

片づけはできなかろう。

放っておけば、母が亡くなってから、

私たちが片づけることになるのだろう。

そのとき、私たちも今より年を取っているから、

片づけをするのはしんどいに違いない。

しかし、それは、母のためにならんのではなかろうか。

とはいえ、年老いた母に、ゴミに依存するな、

なんて話をしても、通じるわけもないし・・・

何だか、妹の、共依存の片棒を

担がされたような気もする。

ん~、微妙にもたれあっている私たちだなぁ。

それにしても、

そんな依存関係はともかく、

私も、何とかしなくてはいけないぞ、

自分の家。

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病院デー

今日は、午後1時半に歯医者の予約が。

とても時間にうるさい医者で、

初回に場所を勘違いして遅れてしまったところ、

診察はしてくれたものの、

「あなたは、今日遅れたから。」と

状態の把握だけで、

具体的な治療は次回から、

ということになってしまった。

それだけ時間にうるさいと、

待たされなくていいが、

時間ぎりぎりの私には

ややプレッシャー。

12時半まで、ミーティングがあるので、

家に戻ってご飯食べて、

歯を磨いて出かけるのは、

ちょっと綱渡りかも、と思っていたのに、

弁当持って出かけるのを忘れた。

案の定、ミーティングが長引いた。

これでは、たとえ弁当持ちでも間に合わないかも。

お腹をグーグー言わせながら、

歯医者に直行。

右上の犬歯に大きくあいてしまった穴、

神経を取って、穴を埋めることになっている。

前回、神経を取ったのだが、

まだ少し残っている、というので薬を入れた。

それから帰宅して、やっと昼ごはん。

二時だった。

昼ご飯を食べ終わったら、

少し眠くなり、30分くらいウトウト sleepy

なんとか目を覚まし、

内科にピロリ菌除去の薬をもらいに行くことにする。

ヘリコバクター・ピロリ菌。

どうも、一瞬、ヘリコプター、と読んでしまう。

薬をもらってきたら、

ネコを病院に連れて行こう・・

内科には、午後の診療開始の3時半ごろに着く。

エレベーターに駆け込んだら、

先客2人のうちの1人が「こんにちは。」

見ると、これから診てもらう医者ではないか。

(先生、今、3時半ですよ!) と、ちょっと呆れる。

病院の中に入ると、

この前にもまして人がごった返している。

インフルエンザと健康診断らしい。

マスクをしている人も、この前より多いが、

インフルエンザらしき人たちは、

廊下を挟んで向かい側の、

人間ドックの待合室に隔離されていった。

健康診断の人たちは、

処置室から、中を通って、

人間ドックの方に回されていたもよう。

新型にかかっている人と、

そうでない人の接点が

少なくなるよう努力しているのはわかるけど、

所詮、同じ空間だからなぁ・・・

いつもなら、まだインフルエンザが流行らない時期だから、

きっと、この時期の健診を

いろいろな会社と契約しているのだろう。

結局、二時間以上待つはめに。

持って行った本は、読み切れなかったが。

ネコの点滴もお預け。

それにしても、新型インフルエンザ、猛威だ。

少なくとも、今日は5人はいた様子。

先日、イタリアに行った人によれば、

ヨーロッパ人はマスクはしないらしいけど、

日本で暮らす小心者としては、

やはりマスクを使用してしまう。

私の知り合いで、新型にかかった人たちは

みな軽症だったが、

じゃ、自分もかかってしまおうかな、

とまでは、思えない私。

かかってしまえば仕方ないけど、

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わかんなくてもいいか

なんでも「うまくやろう、うまくやろう」とすぐ思ってしまう私。

ときどき、ふと、

アラノンでもうまくやろう、とか思っているんだろうか?

とも思ったりする。

アラノンで話をするとき、

それなりに頭の中で整理したことを話しているつもりなのに、

ふと、

自分では強く認識したことがなかったことが

口をついて出てくることもある。

あれー、自分、こんなこと感じていたのか?

それとも、こんなこと言うといいような気がしただけなのか?

 どっちか自分でもわからない。

 どっちか自分ではわからない。

どっちにしても、

自分の中で何かが変わってきている気がするのは確か。

家人の飲酒も続いているし、

特にちゃんとアラノンのステップを踏んでいるわけでもないし、

母と私や妹との歪な共依存も続いているし、

もちろん、娘と私と家人の微妙な共依存も続いているけど、

先週よりも今週、昨日よりも今日、

という具合に、

自分の気持ちがなんだかさっぱりしてきている気がする。

家人とやりあいそうになっても、

少し寸止めができるようになった。

すると不思議なもので、

相手も穏やかな物言いをしてくる。

おまけに夢まで趣が変わってきた。

今までの夢の中では、

私はどーしてかわからないけれど、

道に迷い、ぐるぐる同じところに出たり、

逆に全然行きたいところに行けなかったり、

あるいは、正体がわからない存在に

追いつめられていたりしていた。

不安な気持ちが募る夢。

ところが、先日見た夢は、

楽しくはない、という意味では同じなのだが、

あまり追いつめられた気持ちではなかった。

夢の中で、私は、

ある人たち(それが誰かまでは分からないけど)に捕まって、

それで逃げ出せずにいる、という状況だった。

そんな状況なら、今までの自分なら

追いつめられた気持ちになったり、

何が何でも逃げ出してやる、

という気持ちになりそうなものなのに、

夢の中の私は、とりあえず、

「やっぱり、捕まったなぁ」ということを受け入れている、

という感じだったのだ。

これは、何を意味しているんだろう、

とふと分析もどきをしてみたくなるけれど、

まぁ、いいや。

とりあえず、ほっとこう。

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子どものころ

ブログネタ: 子どものころ、どんなことして遊んだ?参加数

今日は、プログネタに参加。

でも、実は、

「子どものころ、こんな遊びばっかりしてました」

という遊びが思いつかない・・・

私は、幼稚園から電車通学で、

近所の子どもたちとどんなことして遊んだか、

あまり記憶がない。

というか、近所の子どもたちだった人について

名前は覚えていても

顔もよく思い出せないのだ。

学校から帰る時も

寄り道しないで帰らなくちゃ、

と、いつも思っていたから、

「暗くなるまで時間を忘れて遊んだ」

という記憶がない。

せいぜい、学校の休み時間に、ケー泥したとか

そのくらいの記憶。

帰りにちょっとだけ遊んでいたような気もするが、

いつも、いつもシンデレラ気分で帰ってことばかり思い出され、

何をして遊んだのかさっぱり思い出せない。

家でも、

なんだか遊ぶのはいけないこと、

という気がして、

別に勉強ばかりしていたわけではないけれど、

遊びというのは

いつもいつも罪悪感がつきまとっていた。

我ながら、残念な子どものころ。

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長靴

台風20号が大接近中。

ちなみに、この台風の名前は「ルピート」と言うらしい。

フィリピンの言葉で、「冷酷な」という意味なのだそうだ。

気象庁の『台風情報』と『台風の知識』の受け売りだけど。

今日、昼間、友人がチェックの長靴をはいていた。

スーパーで、幼稚園児と思しき子どもを連れたお母さんも

大胆でシンプルな花の模様の入った長靴をはいていた。

ちかごろ、大人の長靴もかわいくなってきた。

私は車での移動が中心なので、

車を降りた時にショートブーツを履くときはあるものの、

おしゃれ長靴には縁がなさそう。

でも、今日、夜、仕事に行く時、

久しぶりに赤のビニールのレインコートを着てみた。

しっかり赤い赤。

ビニールといっても透けてない。

「台風応戦モード」で

なんだか、ちょっと気合いが入ったpunch

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ちゃんとやれる

先週観た『ぐるりのこと。』で、

うつ病になった妻が、台風の夜に泣きじゃくるシーン。

DVDは返してしまったので確認できないのだが、

「もっとちゃんとやれると思ってたのに。」というようなことを

言っていた。

その気持ち、すごくわかる。

私も、あれやこれや、

もっとちゃんとやれると思っていたし、

ちゃんとやらなきゃ、と思っていた。

でも、自分の不器用さを考えれば、

そんなに何もかもちゃんとできるはずないし、

端から「パス!」していることもあるのに、

それでも、最終的には、

自分は、家のこともちゃんとやれて、

仕事もちゃんとやれて、

いい奥さんで、いいお母さん、でありたい、

と思っていたような気がする。

ちょっと掃除は苦手だけど、

お料理が上手で、

明るくて前向きな私

そんな私の連れ合いが、

なんでアル症なんでしょう?

それは、そもそも私が心底ノー天気、

ではなかったから。

そもそも、自分の中の何かを

ずっと見ないようにして

今日まで来てしまったから。

ということを

どうしても、認めざるを得ない

今日このごろ。

と同時に、

何かが自分の中で育ってきているような気もする

今日このごろ。

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コブ

昨夜、ふと、思い出した。

先日の家人の精神科の受診で、

当面、私も一緒に通院という宣告を受けた後、

診察室を出た時、

家人がポツリとつぶやいた言葉。

「まだ、コブつきか・・」

そうかぁ、コブか。

確かに、目の上のタンコブかも?

少なくとも、家人からしたら、

私は「保護者」ではないのだな。

そりゃ、そうだ。

私だって、お目付役は御免でござる。

それにしても、

「保護者つき通院」も

「コブつき通院」も、

なんだか、両者の関係が対等でない印象がする。

ん~、

それなら、

同伴通院」?

やや微妙な響きがするのは

気のせいか・・・

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予防接種

ピロリ菌健在の宣告を受けた日、

季節性のインフルエンザの予防接種もしてきた。

年を取ったのか、

2、3日は、注射の後が腫れて痒かった。

鳥インフルエンザとの区別のために

職場では季節性のインフルエンザの予防接種が

勧奨されているので、

とりあえず、受付で予約したい旨申し出ると、

「今だと11月になります。」とのこと。

まぁ、受けられればいいや、

と、11月に受けるつもりになっていたら、

受付のおねえさん、

「今日、打ちますか?」と聞く。

「今日、先生の診察のあと、

 打つこともできますが。」

というわけで、予防接種、終了。

帰ってから、病院のHP見たら、

「季節性のインフルエンザの予防接種の受付は、

 ワクチン供給の見通しが立たなくなったため

 いったん打ち切ります」

と出ていた。

え?!

私、打っちゃってよかったの?

それとも、こう書いておいて、

受付で聞いた人には

接種を勧めているの?

ん~。

ひょっとして、あの先生、

すごく商売上手なのかしら?

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ピロリ菌、健在

先日、ピロリ菌の再検査の結果をききに行く。

どこぞの会社の健診の人も来ていて

やたら待たされた揚句、

「残ってたんだよね。」ですと。

そんな気はしていた。

副作用で、下痢する可能性のある薬を飲んでいて、

逆の作用が出たぐらいだから、

何だか、手ごわいような気がしていたのだ。

それで、別の薬を飲むはめに。

薬局の人は、

「残念でしたね。」と薬を出したが、

ひょっとして、

病院と薬局が結託して、

効き目の薄い薬を出したのだろうか?

とまで、一瞬思ってしまった。

ピロリ菌があった、と最初に話した時、

家人は「まぁ、8割くらいは、感染している。」

と例によって、知識で処理して、

会話が続かなかった。

で、今回、

「ピロリ菌、除去できなかった。」と報告したら、

「それは、おめでとう。」

ときた。

昔の人の多くが感染していたのなら、

やっきになって除去する必要もないような気もするが、

私には判断しかねる。

三種類飲む薬の錠剤の一つが

やたら大きいなぁ、とか

カプセル3つって、なんか半端だなぁ、

と思いながら

朝晩、薬を服用中。

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通院日

どう勘定してみても、

本当は、先週のはずだった。

家人の通院日。

薬がなくなっているはずなのに、

本人が「予備がある」とわけのわからないことを言い、

一週間延ばした。

おまけに、あす、名古屋で朝から会議があるとかで、

ご老体は今夜から名古屋入りである。

私としては、アラノンに行ってから、

家人の通院につきあいたかったのだが、

残念ながら、

アラノンか病院かの選択を迫られた。

昨日は、夜、私が仕事に出かける前に

家人が通院の時間を

いつもより早めたことに対して

文句も言ってしまった。

仕事の帰り、

もう一度、時間の確認をして

できればアラノンに行ければ、

と考えながら帰ってきたのだが、

家人が

「~時に行きたいが、そうしてくれるか。」

と、穏やかに言ってきて、

結局諸般の事情を鑑みて

病院を選択。

今日は、

病院へ行く前にアラノンの会場に行き、

準備をしている人たちに今日は参加できない旨伝えた。

残念。

病院では、

以前から尋ねたかったことをきいた。

ひとつ、今度、離脱症状などで

入院が必要になった時に、

そこの病院に再び入院できるか。

答え。NO。

酒害の専門はないから。

もうひとつ。

この前、コケて入院した時に、

夫婦で精神科に通うように言われたが、

はたして自分が一緒に来ることが意味があるのか。

自分が一緒でない方が

本人も気が楽なのではないか。

答え。

患者を疑うわけではないが、

酒の量など、客観的な情報が必要だから

一緒に来てもらいたい。

というわけで、

まだまだ「保護者つき」通院は続きそう。

いったん帰宅して

家人を駅まで送り、

スーパーで総菜買って、

それを食べながら、

『パコと魔法の絵本』を観る。

観ている最中に

ホテルに着いたと家人から電話。

家人は新幹線bullettrain の中で

ビールbeer を飲むのを楽しみに出かけたのかもしれない。

ホテルでも飲んでいるかもしれない。 bottle

しかし、そんなのどうでもいいや。

何たる解放感。

そして、疲労感。

自分がこんなに消耗していたとは。

夜空は曇って流れ星も見えなさそうだし、

ほんとにさっさと寝てしまおう。

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悲しくてやりきれない

ここのところ、毎日、口をついて出てくるのが

『あの素晴らしい愛をもう一度』や

『悲しくてやりきれない』

加藤和彦は、私からすると

やや上の世代で、

少しお兄さんたちの歌、

という感じだけれど、

懐かしい歌。

自殺か。

昨日の朝、テレビで鳥越俊太郎が

「自分は少し年上だが、

 これから先、何もいいことを見いだせない、

 という気持ちになるのはわかる」

というような発言をしていた。

ふ~ん。

だから、自殺なのか・・・

飲酒すれば、内臓や脳によろしくないことを承知で

飲酒している家人は、

臆病に、緩やかに自殺を試みているのだろうか?

父は80を過ぎて、自殺した。

年を取るのが辛かったのだろうか。

奇しくも、

父の死後、私が自分の不調に気がつき始めたころ

口ずさんでいたのが

『悲しくてやりきれない』

年を取るのって難しいらしい。

やっぱり、私の今後の目標は「大往生」だな。

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寝息

毎晩、早く寝ようと思うのに、

家人が寝ると

なんだかほっとして、

これからが自分の時間、という気がしてしまう。

昼間だって、私の仕事が休みなら、

充分自分の時間はあるのだが、

ちんたら家事をしたりしていると

半日出勤の家人は

あっという間に帰ってきてしまう。

それで、ついつい夜更かしで、

結局、私の生活改善はできずじまい。

昨夜も、メールの返信など書いていたら、

しんと静まり返った中で

「す~、ふ~」と、何かが聞こえてきた。

振り返ると、

ネコが超リラックスモードで寝ている。

猫の寝息、かわいい。

ときどき、夢を見るのか、

ピクンと動いたり、にゃと鳴いたりするのも

かわいい。

日付が変わって、

やっとお風呂に入り、

寝室に行くと、

家人も穏やかな寝息を立てて寝ていた。

酒臭い、というより、

なんだかあれこれ混ざった不思議なにおいng

ときどきしているJB線の臭いよりは

ちょっとましだけど・・・

ひょっとして、これが、

加齢臭というものか coldsweats01

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simplystreep.com

毎日、Meryl Streep情報は

このサイトでチェックしている。

何日も新しい記事がないこともあるし、

一日にどぉんと大量の画像がアップされることもある。

昨日、チェックしたら、

新たに過去の出演映画の一部が

動画でアップされていた。

20個以上!

いくら、一つの長さが短くても

全部見るのは結構時間がかかった。

日本では公開されていないものもあり、

時代順に見ていくと

なかなかおもしろい。

若いころのメリル・ストリープと

今のメリル・ストリープでは

やはり印象が違うし、

役によっても印象が違う。

これが全部同じ一人の人なんだと思うと

不思議な気がする。

どこかの書き込みで、

メリル・ストリープの演技はどれも同じ、

と書いている人がいたけれど、

確かに部分だけ切り取ったら

同じ表情だ、と思うものもある。

でも、映画そのものを比べれば

「演技が同じ」というのは、

ちょっと見方が浅いと思う。

映画を観ている私たちが観ているのは

Meryl Streepが演じている○○、

ではなく、

まさに○○という人物そのもの、

何だと思う。

だいたい、同じ肉体なんだから、

筋肉やら何やらの動かし方を

全部の役柄で違わせるなんてこと

できるわけないだろうし。

少し話がずれるかもしれないけれど、

舞台の『放浪記』を観に行くのが

林芙美子の話を観に行くのではなく、

高齢なのに頑張っている森光子を観に行く、

のになっていると思う。

それに対して、

Meryl Streepの映画を観に行くのは

入口はMeryl Streepだったり、

ストーリーだったりするのだけれど、

いったん映画を見始めると、

私たちはスクリーンに映し出される、

彼女の肉体と感性を通して作られた

彼女とは別の女性をそこに見て、

そしてその女性の人生に

共感したり反発したりするのだと思う。

それにしても、

『Death Becomes Her.(永遠に美しく)』、

吹き替えでしか見たことなかったけれど、

本人の声のビデオクリップを見たら、

他の映画での役と

声も話し方も全然違うのでびっくり。

今来ているDVD、『ぐるりのこと。』と、

もう一本『パコと魔法の絵本』。

早く見て、

次のMerylのDVDを観ようっと。

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写真

ジョン・ブラッドショー著 新里里春監訳

『インナーチャイルド

 本当のあなたを取り戻す方法』(NHK出版)

という本を

とりあえず、最後まで読みとおしてみようと

ただいま奮闘中。

過去の自分と向かい合うエクササイズが

書かれているのだけれど、

とにかく今は

ザクッと読んでから、

とエクササイズには取り組んでいない。

でも、「乳時期の自己を再生する」

なんて言われても、

もちろん、乳児期のことなんか

なにも覚えてはいない。

それで、せめて、

乳児期の自分の姿を確認しようと思ったのだが、

考えたら、赤ん坊の時の自分の写真を見た記憶がない。

三歳くらいの時の写真はあるけれど、

本当に、赤ん坊の時の写真は手元にはない。

それで、母に確認してみたのだが、

「そういえば、ないわねぇ。」

妹に聞いてみたら、

彼女は赤ん坊の時の写真を持っているという。

父は、結婚間もなくカメラを買っていたということだし、

写真を撮ろうと思えば、

いつでも撮れたはずなのに・・・

赤ん坊の私は、

被写体として魅力的ではなかったのか?

それとも、父は、私が生まれたときには、

父親になったことを

受け入れられずにいたのだろうか?

かなり相当、

妙な気分だ。

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ながら鑑賞~『ぐるりのこと』

今日は、台所の換気扇の掃除をした。

いつも、年末、

今年こそは、きれいにして新年を迎えよう、

と思うのだけれど、

必ずやり残しがあり、

それが年々増えてきている。

で、後は、年が明けてから、

と思いつつ、

また暮れを迎えてしまう、

という情けなさ。

どうせ、暮れの大掃除にならないなら、

季節のいいうちに、

いちど掃除すれば、気分は楽かも、

と思って、

台所の換気扇に着手。

改めて、取扱説明書を見てみると、

はずして手入れできるのに、

今までしてこなかった部分があることが判明。

おかしいと思ってた。

いくらタイプが違うといっても、

羽の部分の掃除はどうするのか、

不思議だったのだ。

不思議だったのは、

私の取扱説明書の読み方。

いったい、どうして、

ちゃんと全部読まなかったんだろう?

暖かいゆったりした日差しの中で

きちんと読めば、

時間は多少かかっても

できない仕事ではなかったはずなのに、

説明書をちゃんとは読んでいなかった。

それで、仕事に取り掛かるのにあたり、

ネットで借りたDVD、

今回は邦画2本のうちの1本、

『ぐるりのこと。』を観ながらすることにする。

『ぐるりのこと。』

赤ちゃんを失った夫婦がいて、

妻がうつ病になり、

それを見守る夫がいて、

という話。

観たいけれど、

重そうで観るのが辛いかも、

と思ったので、

ながら鑑賞。

ちょっとヘタレな私。

換気扇に粉せっけん振りかけて、

歯ブラシでこすりながら

観ていたからかもしれないけれど、

しんどいことが描かれてはいるけれど

そんなに重いとは思わなかった。

妻の木村多江が、

台風の夜になきじゃくるところが

なぜか、心に響いた。

解説入りの方を観たら、

役作りで、木村多江自身、

メンタル的にかなり参っていた、

ということだったので、

ちょっと「病んでいる」オーラが出ていたのかも。

妻も夫も、ACという感じの設定。

妻はうつ病になってしまったけれど、

最後は回復する。

リリー・フランキー演じる夫が、

頼りない感じではあるものの、

ちゃんと法廷画家という仕事をし続け、

病んだ妻を支え、

何の依存症でもないところが

うらやましい。

そう。

ちゃんと夫婦が話し合っていけるところが

うらやましい限りだ。

私たち夫婦は、

ケンカをしたら、それで決裂してしまう。

ケンカをしても、

きちんと互いの言い分を聞いて

歩み寄る、ということができない。

一方が一方に言いたいことを言い放って、

それでやり取りが終わってしまう。

キャッチボールにならないのだ。

ん~、正確にいえば、

どちらが相手の言葉に反応したかが

発端だったかに関わらず、

最終場面では、

必ず私が何か言い放ち、

家人を黙らせてしまう。

たぶん、喧嘩だから、

客観的に見てどっちが悪い、

て言うほどのことでもないのかもしれない。

きっと、他人の家の話だったら、

「どっちもどっちだよね。」

と思うのだろう。

百歩、おまけしてもらって、

私の方が少し分があるとしても、

どうも私は、最後まで相手をねじ伏せなければ

気が済まない、

と思っている。

相手に非があるのだから、

相手が

「自分が悪うございました。

 申し訳ございませんでした。

 今後、お気に障るようなことは2度といたしません。」

と言わせたいみたいだ、

と、今、気がついた。

これじゃ、キャッチボールじゃなくて

ドッチボールか・・・

正直言うと、

どうすればキャッチボールになるのか、

私にはわからない。

たぶん、手本となるべき

親の行動がなかったから。

そして、たぶん、

家人もわからないのだと思う。

それで、私たちは

ケンカをしないで不満を飲みこむか、

ケンカをして決裂、

というか、ほんとは私のタンカ、で

やはり双方不満の塊。

だから、『ぐるりのこと。』の

ちゃんと向かい合っている夫婦像が

うらやましい。

妻が辛い状況になり病んでいくのは

確かに軽い話ではないけれど、

それがそれほど深刻ではない気がするのは

やはり私がおかしいのか?

それとも、換気扇の油落とししながら

観たからか?

そうそう、裁判の場面で、

異常犯罪の被告役をしているのが、加瀬亮。

まだ観ていないけれど、

予告編で観た『それでも僕はやっていない』の被告と

全然違う印象なのもおもしろい。

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新・三銃士

夕方の人形劇が帰ってきた。

NHKの『新・三銃士』。

『チロリン村』は、テーマ曲は知らないけれど記憶あり。

『ひょっこりひょうたん島』の原作が

井上ひさしと山元護久というのは、

映像で記憶している。

その後、しばらく見なかったけれど、

受験生時代に『新・八犬伝』にはまり、

受験勉強差し置いて

『南総里見八犬伝』を読んだっけ。

『三国志』は結婚して

家人と2人で毎週楽しみにしていた。

そういえば、あのころは、

土曜日の夕方、

家人は酒を飲んでいなかったような気がする。

それで、『新・三銃士』、

三谷幸喜はそんなに好きではないけれど、

やはり、人形劇というのはわくわくする。

夕方は忙しいから、

録画しておいて、夜に見る。

まだ、始まったばかりだが、

それなりに楽しみである。

今日は、

オープニングで聞こえる外国語のような言葉が、

実は

「がんばってるよね、がんばってるよね」

と言っている、

というのに気がついた。

ただ、昨日の放送では、

三銃士の一人、アトスが

「要するにアル症じゃないか」

という設定だったので

ちょっと唖然。

人は、子どものころから

酒飲んで暴れる人間が肯定されるのを

こうやって刷り込まれていくんだな、

と思った。

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まだ水曜日

今週は、月曜日が「体育の日」で休みだったから、

まだ平日は二日目なのに、

なんだか週末のような気分。

気持ちが、ずずずっと落ち込んでいたからかも。

昨夜は、ネコがずいぶんと私を呼んで、じゃれついた。

どうも慰めていてくれた気がする。

今日は、アラノンに行き、

話を聞いてもらい、

勇気づけられたけど

すぐに元気にはなれない。

13年前に買った冷蔵庫の調子が悪いので、

電器屋に寄って

品定めしようかと思ったけれど、

集中力がなくて断念。

それでも、夜、軽く運動して体を動かしてみたら

何だか気が晴れてきた。

考えてみたら、

「どーして自分の人生にこんなことが?!」

というのは、

家人にしても同じだろう。

糖尿病なのに、

「うまいものが食べられなくて

 なんの人生」と豪語する人がいる

と聞くけれど、

彼の場合、

「酒なくして、なんの人生」と思っているのだろうか。

ほんとのところは、

命や知的活動能力と引き換えてまで

酒を飲みたいとは思っていないのじゃなかろうか。

あるいは、怖くて、

そんなことまで考えないかも?

どちらにしても、

極悪非道なことをしたことのない彼が、

酒の魔力から逃れらず、

おバカになっていくのは何とも気の毒だ、

という気もしてきた。

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カツマーとカヤマー

週刊『AERA』に勝間和代と香山リカの対談が載っていた。

香山リカの『しがみつかない生き方』が売れていて、

その中に

「<勝間和代>を目指さない」という章がある。

それで、勝間和代の対談を掲載している

『AERA』がしっかり商売したわけだ。

まぁ、「勝間和代」を出すことで

香山リカも本の売れ行きを伸ばしたのだろうし、

それを逆手にとって、対談載せ朝日新聞社ももうかり、

ついでに勝間和代も

対談で得たネタをもとに新聞のコラムを書き、

みんな、万々歳、だ。

でも、

そのみんなの商魂にしっかり乗せられて

対談を読んだ私は、

なんだか微妙な感じ。

どうも、勝間和代と香山リカの話が

噛み合っていない気がする。

対談では、

香山リカは、

勝間和代のように社会的に成功している人間が、

頑張っている話をすれば、

信奉者は頑張りすぎてしまうのだと言い、

勝間和代は、自分の信奉者が

自分と同じことをすることはないのだと言う。

で、結局のところ、<勝間和代>の信奉者は、

実際の勝間和代ではなく、

成功者のアイコンとして<勝間和代>を

目指してしまう、

という風に話は進められている。

で、結局のところ、

そのほかに妥協点はなく、

ふたりの対談は終わり、

別の記事には

カツマーもカヤマーも

流動性のある自由競争社会で

サバイブすることが勝ちで、

勝った人には勝間本が、

負けた人には香山本が

サプリメントにになっているのではないか、

というコメントで締めくくられている。

なんか、えらく収まりのいいコメントだけど、

私は、ちょっと違う気がしている。

少なくとも、香山リカの<勝間和代>のとらえ方が、

少しずれているような気がする。

私にすれば、

香山リカはまっとう以外の何物でもない。

それに比べて、

勝間和代は、どことなく病んだ雰囲気がある。

だから、病んだ人たちが

引きつけられるのではなかろうか。

私は、「勝間本読んで、成功しよう」、

という年でもないから、

全然関係ないと思っていたのに、

本屋の店先で勝間本を手にして、

結局何冊か買って読み、

勝間本経由で、

アラノンのことを知った。

勝間和代自身は、結局、

AAとかアラノンには行っていなさそうだが、

共依存ではあったらしい。

そこから、彼女がどう抜け出たかは

彼女の著書ではよくわからない。

一方、

香山リカの言っていることは、

まっとうだけど、

するっと私の心をすり抜けてしまう。

この差異を感じるのは、

やっぱり私が病んでいるからかも。

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花を買う

連休最後の日、ナスでも買おうかと、

近所の農産物販売所に行く。

なんとなく、気持ちが落ち込んでいるので、

花売り場を覘いてみた。

売り場の小さい看板に

 体に野菜、心に花

と書いてあった。

実は、花はちょっと苦手。

センスに自信がないのできれいに生けられないし、

なんとなく、花の世話をする心のゆとりが

自分にはない気がする。

しかし、

白と紅のコントラストがきれいな

かわいい花を見つけてしまった。

Genpeikazura

ゲンペイカズラ

紅白で「源平」なんだそうだ。

ふらふらと、さらに花を見て回って、

もうひとつ、かわいらしい花を見つけた。

Erika_2  「エリカ メランセラ」

 

小さい花が寄ってたかって咲いているのって、

基本的に、あまり好きでないのだが、

なんだかとても気に入ってしまった。

万願寺とうがらし、きゅうり、新生姜とともに

ご購入。

日暮れる前に、何とか鉢に移し替えた。

「エリカ」って、

昔、西田佐知子が歌っていた花の名前。

インターネットで見てみたら、

アフリカ原産、

『Out of Africa』にも映っていたのかしら?

英語では「heath」だそうな。

お、私が挫折した『嵐が丘』の舞台にあったぞ。

たぶん、『嵐が丘』のは

もう少し大きいものなんだろうけど、

これがヒースか、

と思ったら、なんだか『嵐が丘』の世界が

ちょっと近づいた気持ち。

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10月11日

新しいスーツを着た娘を見た家人は、

「この前、帰ってきたときに採寸したのか?」と聞く。

まさか、いくら親バカでもそんなことしません。

「吊るし」だけれど、

幸い誂えたみたいにぴったりだっただけです。

それで、さっそうと就活イベントに出かけた娘だったが、

主催者側のサイトの問題と、

彼女自身の詰めの甘さが重なって、

結局、聞きたかった講演が聞けなかったと

電話があった。

心配症のくせに、詰めが甘い・・

別に、就職のチャンスを逸したわけでもないから

深刻に考える必要もないと思うが、

娘が落ち込んでいるのは

やはり気にかかる。

ま、しかたなかろう。

そうそう、家人が酒を飲み続けるのもしかたない。

とは思いつつ、なぜなんだ、

なぜ私はこんなことに巻き込まれているんだ?

と、やはり思ってしまう。

いったい、私はどうして、

こんな罰を受けなきゃいけないんだろう、

と思ってしまうのだ。

そりゃぁ、私はこれまで一つも悪いことをしてなくて

聖人君子なんですとは言えないけれど、

それにしても、

こんな思いで暮らさなければいけない理由も

ないんじゃないの?

と思ってしまう。

人がアルコールに囚われ、

依存症になってしまうことが、

私にはどうしようもないことだとしても、

でも、なんで、私の身に、

アル症の問題が降りかかってきてしまったのだろう?

という気持ちになる。

アラノンの本を読んでいると、

もともと、自分自身を肯定するのがうまくはないのに、

ますます自分が肯定できない気分になってくる。

どうしてこういうことになったのか、

ひょっとして、前世の悪行の報いか?

と思っていても、元気は出ないので、

風呂に入って

アラノンの本読んで寝てしまおう。

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就活スーツ

娘が就職活動できるスーツを買いに、

いや、買わせに帰ってきた。

初めて、女の子たちが黒いスーツを着て

就職説明会を受けている様子を

テレビで見たときは、

なんて個性を殺した雰囲気、

と思ったものだ。

しかし、スーツを試着した娘は

そこそこ彼女らしさを感じさせたから、

まぁ、いいか。

親バカである。

なんというか、親として

支援できることもそろそろ終わりか、

という気もしてくるけど。

恥ずかしながら、自分は

大学卒業時には

結婚して新天地に行くことが決まっていたので、

就職活動をしていない。

今から思えば、

人生の勝負を微妙に回避してしまったんだと思う。

家人も、私と結婚したかったから、というので、

今の職場に仕事を決めた(と本人は主張している)わけで、

互いに互いを利用して

体裁を取り繕ってしまったのかもしれない。

正直言うと、

結婚したかったから就職した、

と言われても、

その職場の愚痴を散々聞かされると、

なんとなく、

「私のせいで不本意な生き方を選んだと言いたいのか?」

と思わなくもないのだが・・

考えてみれば、

私は、いわゆる人生の節目節目で

微妙に勝負を避けてきた。

受験勉強、カリカリするの嫌がったり、

そのくせ、ずるずる浪人したり・・

ほんとに自分の人生のために、

遮二無二、なりふり構わず

頑張ったことがあったろうか?

そういう頑張りはしてこなかった気がする。

あるいは、日々が手一杯で、

集中的に頑張れなかったんだろうか。

まぁ、できなかったことを

あれこれ言っても仕方ないか。

これから、できることを

ちゃんとやっていくしかないか。

今日一日。

とりあえず、ちゃんと寝て、

また、明日を過ごそう。

さて、我が家の「おスネかじり虫」姫、

頑張って、就職活動に挑んでくれたまえ。

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枕元

台風一過、今日は風も収まり、いい天気。

仕事も休みで、洗濯機を回している間に

さて、布団を干そう、とすると・・・

家人の枕元に積んである本の間に、

中身が少し残っているカップ焼酎であろう容器があるのを

見てしまった。

ん~。

寝室では飲まずにいたのに。

そういえば、今日は、職場で

ちょっとしたお役目があるようなこと言っていた。

それが重荷で眠れなかったのか?

ん~。

どうしたもんだろう。

写メを撮って、職場のパソコンに本文なしで送りつけるか。

ん~。

でも、そんなことしたら、

「鬼の首でも取ったようなことする」とか

言われるんだろうな。

まぁ、それに、やはり、チキンなアル症は

傷つくんだろうな。

ん~。

でも、これが目に入らない、

という事態もあり得ないんだし。

ほんとは、「これ、なに?」と言ってほしいのか?

あぁ、そうなのかもしれない。

でも、それは、止めてほしいからじゃなくて、

そう言われて、頭に来るから、飲む口実ができる、

という仕組みなんだよね。

たしか、アル症が仕掛けてくる罠は。

ん~。

本人的には、ただ、忘れただけなのか?

しばらく悩んでしまったが、

洗濯物を干したり、

お風呂場を洗ったりしているうちに、

だんだんどうでもよくなってきた。

そうよね。

アル症が酒飲んじゃうのは、

私がコントロールできないことなんだっけね。

写メなんか送って、「私は分かってるわよ。」

と主張しようが、

黙ってこのまま放置しておこうが、

アル症は飲み続けるに違いない。

それをどうすれば、一番相手の反省につながるか、

なんて考えることは、

風が強くて電車が止まったのに、

なんとかしてくれ、会社に行かなきゃいけないのに、

と駅員に食ってかかるのと同じなのね。

よぉし。

今日は、3日ぶりの寝室の掃除機かけ中止。

(ホコリじゃ死なないと思っている怠け者さ。)

普段は、枕元の本が崩れなきゃ、

特に直さないんだから、

向こうの陣地、触らずにおこう。

ん~。

それにしても悩ましい。

ファイナルアンサー?

いやぁ~、

アル症と暮らしていて、

ファイナルアンサーはないかも。

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暗証番号

今日、ATMでお金をおろしたついでに

暗証番号を変更した。

家用のも、自分専用のも。

家用のは、結婚した時からずっと同じ。

それは、昔、家人が付き合っていた人の

電話番号だと本人から聞いていたのに、

変更しようとも思わず、ずっと使っていた。

娘に言ったら、そんな選択肢、

自分にはあり得ない、と呆れられた。

変かな?

どーでもいいような気もするけど、

今の自分は、

変えられるものは変えてしまいたいので

変えてみた。

ついでに、結婚後に作った自分の口座も、

実家の電話番号から卒業した。

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自然災害

台風18号が近づいている。

気象庁のホームページを見たら、

台風18号には「メーロー」という名前が付いていた。

ちなみに、17号の方は「パーマァ」と言うらしい。

テレビでは、

災害に備える各地の様子が伝えられている。

我が家も、背の高い鉢植え植物を家の中に入れ、

物干し竿をはずしてベランダに置いた。

それにしても、備えて被害を少なくできることもあるけれど、

自然災害というのは、

どうしても人の力が及ばないこともある。

川が増水して、家が流されるとか、

竜巻で家が壊されてしまうとか。

テレビの映像で、そういう被害の状況を見ると、

当事者は本当に気の毒だと思う。

しかし、ふと気がついた。

酒を飲み続けて、脳がどんどんだめになっていく家人に

結局のところ何もできない自分も、

避難先から、

自分の家が流されてしまうのを見るしかない立場にそっくり。

ひょっとして、アルコール依存症って、自然災害なのかも。

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舌を噛む

友人が、西の方に越してしまうので、

記念に、何人かで、

ちょっとおしゃれなレストランでランチをした。

スペイン料理が有名なところなので、

パエリアも注文。

できたてのパエリア、おいしいねぇ、

と食べていたら、

なぜか舌を噛んでしまった。

右の犬歯が、この前、少し欠けてしまったようで、

ちょっと歯の先がギザギザしていたのだが、

それでしっかり噛んだので、

せっかくのパエリアの魚介の風味が

鉄分の味に・・

しばらくして、出血は止まったけれど、

梨を食べても沁みるから、

しばらく辛いものはやめておこう。

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ろーがんきょー

近頃、メガネをかけても手元が見にくい。

7年前に作ったモノだから、

さすがに遠くを見ても、

けっこうそれなりに見えてしまう。

というわけで、

老眼鏡を新調した。

ふたつ。

というのも、

メガネを探す時間がバカにならないから。

私のメガネの定位置はこれまでバッグの中。

でも、

家の一階で新聞を読むのに使ってその辺に置き、

二階でパソコン使いながら

資料を見るの必要で一階までバタバタ取りに行く。

ところが、そのままパソコンの前に放置して、

一階でチラシを見ようとして、

また二階までメガネを取りに階段を上がる羽目に。

(膝があまり調子よくないから、

階段の上り下りはあまりしないようにと

整形外科医に言われているのに・・・)

さらに、出かける時に

メガネをバッグに入れ忘れることも度々、

時にはメガネケースは入れたけれど

肝心な中身が入っていなくて、

出先で

気合いで細かい字とにらめっこしたことも少なくない。

それで、友人が近所のメガネ屋が安い、

と言っていたのを思い出し、

この際だから、同じものをふたつ作ることにしたのだ。

ひとつは1階用、もうひとつは2階用。

老眼鏡なのに

遠くもそれなりに見えてしまう初代は、

人の顔を見ることもある外出用と相成った次第。

最近、テレビでCM始めたメガネ屋、

家で使うのなら、とおねえさんは高いのは勧めないし、

好印象。

友人がそこでメガネをいくつも作った、

というのもうなずける。

これで、お風呂上がりに何か読もうとして

メガネを探しまわらなくて済む、

と思うと、

ものすごくリッチな気分。 ふふふ。

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CM

気が付いたら、煙草のCMってやっていない。

それどころか、

禁煙のための

ニコチンパッチとかのCMをやっている。

一方、アルコール飲料のCMは一向に減らない。

そりゃそうか、酒税は大切な税収の一つ。

そこで一句

 浜の真砂はつきるとも、

 世に酒吞みの種は尽きまじ

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おうち居酒屋

ココログの「プログネタ」で、

「家飲みが好き!"おうち居酒屋"のいいところを教えて!」

というのがある。

よほどこのネタに参加して、

次のような投稿をしようかと思ったのだが・・

我が家も、地理的な条件もあり、

  "おうち居酒屋"派。

 結婚して以来、毎晩、

 肝臓のことも考えながら

 酒の肴を作ってきました。

 そのかいあって、

 『アル症』の家人は

 肝臓より、脳にダメージが来ています!

でも、これでは、

他の人たちが盛り下がってしまうかもしれないから、

プログネタには参加しないで、

こそーっと書いておく。

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SUNSHINEcleaning

7月頃だったか、新聞にドーンと広告が出ていた。

アメリカで、最初は4館だけの公開だったのが、

口コミで全米に広がったというもの。

家の近くのシネコンでやる、と言うので楽しみにしていた。

でも、たった2週間の上映で、

レディスデーの水曜は、

午前も午後も用事があるし、

ファーストデーの昨日も、

予定があって、

今日しかないぞ!と行ってきた。

朝一なので、ちょっと安かった。

コーヒー買ったので、

出費は大して変わらなかったけれど。

事件現場の清掃を始める姉妹の話。

姉がエイミー・アダムス、

妹がエミリー・ブラント、とくれば、

私の中では

『ダウト』と『Julie & Julia』のエイミー、

『プラダを着た悪魔』のエミリーで、

メリル・ストリープつながり。

『おくりびと』のヒットで

死んだ人関係の本がいろいろ出ていた中で、

『死体の経済学』というのを読んだ中に、

人が亡くなった場所を掃除する仕事が出ていたので、

『おくりびと』つながりでもある。

『おくりびと』観たのが、去年の今頃なので、

なんだか不思議な感じ。

さて、姉妹が始めたSUNSHINE Cleaning社は、

軌道に乗りかけたものの、

結局だめになってしまう。

しかし、その仕事の経験の中から、

姉妹もその家族も

新しいステップを踏み出す、

というところで話は終わり。

女性が中心の話だったからか、

私としては、『おくりびと』より

ずっとホロリとした。

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大丈夫?

今日は、私の精神科の受診日。

自分のこと、家人のこと、など話す。

一通り、話を聞いてから、医者が

「大丈夫?」と聞く。

あれ?

そういえば、この前も、大丈夫?って

聞かれた。

前は、そんなこと、聞かなかったのに。

私、そんなに弱った風になっているのかな。

帰りの車に乗り込んだ時、

ついミラーで自分の顔を見てしまった。

ん~、白髪染めなくちゃ。

それにしても、先生、

「大丈夫?」と聞かれれば、

人は「大丈夫」と答えるものです。

教師の「わかる?」という質問が禁じ手なのと同じです。

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ムック本

スペースがあるのをいいことに、

6年前の引っ越し以来放置してあった本類を

少し片づけた。

ついでに、2年前、いや1年半前にぞっこんだった

『ちりとてちん』のムック本も卒業しよう。

近くのWonderGooは、

ムック本は買ってくれないので、

他の古本屋に行くことにする。

WonderGooができて以来、

何軒かあった古本屋は軒並みつぶれたらしく、

一軒だけ、かろうじて昔風の古本屋が

生き残っていた。

10年くらい前に、

まじめに勉強しようと思って買ったけれど、

難しくて結局読めなかった本や

この前読み終わった新書など10冊くらいで

1500円だった。

流行本がほとんどなかったから、

WonderGooだったら、もっと安かったに違いない。

明細はなく、

おじさんの頭の中の計算だったけど、

それなりに本が評価されたように感じて

うれしかった。

でも、ムック本はだめだったな。

卒業しちゃおうとは思うものの

『ちりとてちん』ファンとしては、

古紙回収に出すのは、少し忍びない。

貫地谷しほりのファンが

買いに行きそうな店を探せばいいのかも?

と言ったら、

娘に

「まだAmazonで買えるから、無理じゃない?」と言われた。

確かに・・・ bleah

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