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戦後64年

今年は「戦後64年」。

昭和が終わったのが64年だから、

なんだか不思議な感じ。

昭和にすると84年か。

8月15日を前に、昨夜、テレビで

戦争に行った人たちの証言を放送していた。

その中で、自分が人を殺したことを初めて口にした人がいた。

奥さんも「はじめて聞いた」と衝撃を受けていた。

私の父は、南方に戦争に行って、すぐに捕虜になってしまった、

ということは聞いている。

しかし、あまり詳しい話は聞いたことがない。

父は、家人には一度くらい話をしたらしいが

子どもである私たちには

戦争の体験についてあまり話はしなかった。

聞いたことがあるのは、

捕虜になったとき、木の枝や空き缶を利用して

魚を捕まえた、というような話くらいである。

中学生くらいの頃、

「戦争に行ったのだから、

ひょっとして、父も人を殺したのかもしれない」

と考えたことがある。

それならば、自分は直接、戦争のことは何も知らないけれど、

人を殺した人間の子どもとして

その罪は受け継いでいるのかもしれない、

などと考えた。

と、同時に、いわゆる「戦犯」として裁かれていなくても、

戦争に行って、やむを得ず人を殺してしまったけれど、

そのことは胸にしまって、

今は、自分の家庭を大切にして

日々を送っている男の人たちが

日本中にたくさんいるに違いない、

とも思った。

そうすると、

日本中、人を殺した罪が蔓延していることになる。

でも、今、生きているってことは、

過去の国内の戦争で生き残った人間たちの子孫だ、

ということだから、

結局、私たちは、その罪と

まったく無縁でいることはできないのかもしれない。

それでも、父の戦争体験がどんなものだったのか、

やはり聞いてみたかった。

話を聞く前に、父は自分で命を絶ってしまったけれど。

先日のクラス会で、

「今80歳を超えている人たちは

淘汰されてきているから、強い。」

という話が出た。

クラス会に来ていた人たちも、

あまり親から詳しい戦争体験は聞いていないようだったが、

自分たちだったら耐えられないだろう、

という気がしているのは同じだった。

戦争を知らない、ということは

ありがたいことなのだ、

と改めて思う。

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