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私の変化

家人の大量飲酒に問題があるのを

いやでも自覚したのは

去年の旅先での出来事だったが、

それが「アルコール依存症」であるという事実が

私たち(少なくとも夫以外の人)に突き付けられたのは

今年の初めのこと。 

そして、それがきっかけで、

私は、自分が共依存でやACであることを

認めざるをえなくなった。

しかし、別の見方をすると

今年の初めの出来事の前に、

私自身が変化を求めて

いくつかの行動を起こしていたことに気づく。

 ●膝の痛みの自覚から、

  体重を落とそうと、低糖質ダイエットを始めた。

 ●人生の残り時間を考えて、

  これまでと違う物事へのアプローチの仕方を知りたくて、

  フォトリーディングやマインドマップの講座を予約した。

 ●自分と価値観が違うように思える

  勝間和代の本を読んでみた。

 ●手帳のリフィルを変えた。

 ●家人が仕事を休んだ日に

  「焼酎がなくなりそうだから、買ってきて(こい?)」

  と言われたのに対し、

  特に理由はなかったが

  「いやだ」と断った。

何か自覚があったわけではないが、

私は変化しようとしていた。

ひょっとすると、

それでこれまで我が家を支えていた微妙なバランスが崩れて

家人が離脱症状を示すにいたったのかもしれない。

しかし、さらに

なぜ私が変化しようとしたのか考えてみると、

やはり、娘が一年だけとはいえ留学して

これまでの私たちの関係に

何かしらの影響を与えたのではないか、

という気がする。

実は、娘が漠然と留学を考え始めてから

実際に留学できる機会を手に入れるまでは

驚くほど短かった。

実際に留学している人たちの話を聞くと、

ものすごく深く考えているかどうかは怪しい例も多いのだが、

とにかく、娘の場合は

行きたくて行きたくてついに行けた、

というより、ほとんどはずみで留学してしまった、

というのが私の印象である。

でも、それこそが、

私たちがアルコール依存症に向かい合うための

スタートだったような気がする。

どう考えてもACである娘の心の中の葛藤は知る由もないが、

娘の中で何かが臨界点に達して、

それが留学を引き寄せたのではないか、

とも思うのだ。

もちろん、

まだ私たちは、問題の本質に向かい合い始めたばかりだ。

この問題が、

ナンクロのパズルのように

「すべての升目を埋めたらおしまい!」

というわけではないことを

私はようやく理解し始めたところだ。

そして、家人はもちろん、

娘のことも私はどうすることもできないってことも

頭の理解でなく

心で納得し始めたところ。

そして何より、私は自分と

ちゃんと向かい合わなきゃいけないってわけだ。

 ★私の成長は私自身のためであって、

  他人を変えるためのものではない。

 ★私は、すべてのコントロール権を握ってはいない。

――『子どもを生きればおとなになれる

     <インナーアダルト>の育て方』の

      「自分を認めるための言葉」から――

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