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2009年8月

ウォォォォ~ン

去年、旅先で家人が離脱症状に陥り、

旅行の予定を変更して、

帰国の飛行機を待ちつつ過ごしていた時のこと、

小さな海洋博物館に出かけた。

北極圏まで出かけた船の周りに建物を建てて

船を保存してある博物館だった。

その小さな博物館のささやかなお土産品コーナーに

オオカミがいた。

ウォォォ~ン

とんでもない状況にとりあえず対応しながらも、

ほんとうは叫びだしたい私の代わりに

吠えてくれているような気がして

買ってしまった。

買ってから、よぉくタグを見たら

「COYOTE」と書いてあった。

ま、似たようなものじゃ。

日本人には、コヨーテよりオオカミの方が

なじみがあるし。

家人は、子どもじみた買い物をバカにしていたが、

この気持ちは今でもおんなじ。

ウォォォ~ン

080925coyote

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ここはどこ?

先週、母が白内障の手術で入院したので、

何回か上京した。

病院行って顔を見せたり、

退院の時に荷物運びしたくらいだから、

仕事として大変というわけではなかったけれど、

久しぶりの電車移動の連続で

少し感覚が麻痺してしまう。

居眠りしていて、ふと目を覚ました時、

一瞬、自分が、今どこにいて、

どこに向かっているのか

わからなくなる。

もっとも、こういう感覚は

車を運転していてもある。

車で居眠りして目が覚めたとき、

なんてわけではない、

さすがに。

家を出て、

最初の交差点を、右に行くか左に行くか、

用務先によって違ってくるのだが、

忙しすぎると、

本来左に行かなくてはいけないのに、

うっかり、右に行ってしまったりする。

それから、

週末、普段なら土曜日にすることを

日曜日にしたりすると、

夜、明日は何曜日?

と時間の中で迷子になってしまう。

ビデオを見すぎたり、

読書に夢中になった時も、

日常の時間から外れてしまう。

ここはどこ?

ワタシハ ドコヘ イコウト シテイルノ?

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お試しひかりTV

7月初めの、とても忙しい時に、

「ひかりTVのお試しはいかが?」という電話があった。

いつもなら、さっさと断ってしまうのに、

なぜかその気になって、

試してみることに。

早々に、チューナーが送られてきたものの、

休みの日は、説明書を読む気力もなく、

結局、つい先日まで放置していた。

幸か不幸か、暇な時期が始まり、

ようやくルーターとチューナーをつなぐ。

あんなに面倒臭がっていたのに、

あっさりひかりTV、開通。

でも、案の定、チャンネルが多すぎる。

以前、住んでいた地域では

ケーブルテレビを見ていたのだが、

選択肢が多いからといって

人は幸せ、というわけでもなかったのだ。

娘は、帰省中に、ひさしぶりにアニマックスが見られて

ちょっと喜んでいたが、

私は今更、『ドラゴンボール』を見直して喜ぶほど

サブカルチャーオタクでもないし・・

DVDのレンタルだって、

郵送方式ので充分、なので、

やはり、チューナーは返すことにしよう、

と決める。

ところが、さっき、

『今宵、フィッツジェラルド劇場で』が見放題、

なのを発見。

これ、インターネット予約では、

なかなか借りられないことになっている。

それで、忙しくないのをいいことに、

メリル・ストリープが歌っているのを楽しんでしまった。

ついでに、『母の眠り』も途中まで観る。

これは、以前にDVDで観たのだけれど、

画質がだいぶ違って、とてもきれい。

観ているテレビの装置は同じなのに、

なんで、こんなにきれいに見えるのだろう?

見放題のラインナップの中に

まだ見てない『めぐりあう時間たち』も

あったなぁ。

いやいや、こんなことに惑わされてはいけない。

今月中に解約するぞ。

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損保ジャパン東郷青児美術館

母は、角膜が弱いので

白内障の手術なのに5日も入院している。

6人部屋の入り口そばのベッドなのだが、

窓際のおばあさんがしばしば痛みを訴え、

そのおばあさんに問いかける看護婦さんの声が

ものすごく大きくて、

先日見舞いに行ったとき、

娘は「おばあちゃん、かわいそう。」と

同情していた。

明日になれば退院なのだが、

元気づけに顔を見に行った。

でも、わざわざ上京するのだから、

と、ちょっと寄り道。

新宿の損保ジャパン東郷青児美術館で、

ちひろ美術館所蔵の絵本の原画展をやっているのを

観てきた。

きゃあ、

センダックの『かいじゅうたちのいるところ』だわ、

ウクライナ民話の『てぶくろ』だわ、

るるるん、ろろろんの『わたしのワンピース』だわ、

エリック・カールの『はらぺこあおむし』・・・

どれも、みんな、すばらしいこと!

最後に、ゴッホの『ひまわり』と

セザンヌの『りんごとナプキン』、

モネ『税管理の小屋・荒れた海』も観て、

これはまた味わいがまったく違ったけれど、

楽しい寄り道はおしまい。

あれ?

でも、このビル、損保ジャパンビルって名前だったっけ?

ああ、そうだ、昔は安田火災海上ビルって言ったんだ。

銀行も保険会社もいろいろ変わるけど、

田舎に暮らしていると、

どこが何に変わったか、

さっぱりわからない。

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電光石火の帰省

先日、娘が二晩だけ帰省した。

 あんまり長くいると、

 おとーさんのことで

 きっと頭に来るから、

 そのぐらいがちょうどいいと思う

娘の言うこともごもっとも。

帰る家が物理的にあっても

飲み続ける父親とは

気持ちよく過ごせないのだ。

それでも、帰ってきたのは、

やっぱり少し疲れていたから?

それとも、

親バカ母をあわれと思ったから?

娘に余計な気を使わせているのかもしれない。

それでも、娘とのドライブは楽しい!

彼女が、『CSI』のペーパーバッグはやや難しいから

『HARRY POTTER』でも読もうかな、

と言うので、

私の読みかけの

Harry Potter and the Philosopher's Stone』を貸す。

ついでに、西原理恵子の

『この世でいちばん大事な「カネ」の話』を

勧めてみるが、当然、あえなく却下。

そのあと、二人でいろいろ話をしていたところ、

娘が

「残念だけど、世の中は平等じゃないと思う。」

と言い出したので、

『この世でいちばん大事な「カネ」の話』

の内容に触れたところ、

なんと、娘は興味を持って、

結局読んでしまった。

娘は、子どもの時から、

彼女の作文とか読書とかに

私が関心を示すことをとても嫌がっていたから、

私の推薦図書を抵抗なく読むなんて、

うれしい限り。

娘は2晩泊って、

私の母が白内障の手術で入院しているのを

私と一緒にお見舞いに行き、

帰り道のJRの駅で私と別れ、

自分の家に帰って行った。

また、家人と過ごすのか。

つまらん weep

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『しがみつかない生き方』

幻冬舎新書

香山リカ

『しがみつかない生き方

 「ふつうの幸せ」を手に入れる

 10のルール』

新聞広告に出ていた10のルール、

 恋愛にすべてを捧げない

 自慢・自己PRをしない

 すぐに白黒つけない

 老・病・死で落ち込まない

 すぐに水に流さない

 仕事に夢をもとめない

 子どもにしがみつかない

 お金にしがみつかない

 生まれた意味を問わない

 <勝間和代>を目指さない

というのにひかれて読んでみた。

なんだか、まんまと

出版社にやられた気分。

香山リカの本は、

おもしろそう、と思って読んでみると、

目次だけ読めば十分だったかも、

という気分になることが多い。

なんでかなーと考えてみて、気がついた。

香山リカが対象としているのが、

「ふつう」の人だから、なのかもしれない、

と。

「ふつう」の人が対象で、

「共依存」にからめとられて

もがいている人間が対象ではないから、

私には物足りなく感じるのは?

「しがみつかない生き方をしましょう」と言て、

簡単に、しがみついている対象を手放せるようなら

共依存にはならないもの。

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マウスは・・

Microsoft Wireless Laser Mouse 5000

パソコン工房のおにいさんは、

かなりつれなく、

「それまで使えていたのが急に使えなくなったんなら、

故障じゃないですか。」

「Microsoftさんのは、

お客さんとちょくせつやりとりするから、

こちらではわかりません。」

という反応。

カーソルが動いてくれないとメール書くのも大変なのに、

と思いつつ、

マウスは

車のダッシュボードのグローブ・ボックスに入れて

帰省してくる娘を駅まで迎えに行く。

娘とランチをし、買い物して、家に帰りつき、

マウスも忘れず取り出したまではよかったけれど、

ふっと手が滑って、玄関前に見事に落としてしまった。

あっちゃぁ、完全に壊したかも、

と思ったけれど、

あぁら不思議、

今日は機嫌よく仕事をしてくれている。

衝撃与えて直るなんて、

昔のテレビみたい。

とりあえず、普通にパソコンが使えるようになって

やれやれ、と思う私は、

パソコン依存症か。

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マウスが…

突然、カーソルが動かなくなった!!

一昨日、電池交換したばかりなのに
なぜ〜〜?

キーボードを駆使しても
私にはできないことがある!

マウスの裏のピカピカが
こすれてなくなってしまったようなのが
なにか関係あるのかも?

明日、パソコン工房に行って確認してこよう。

というわけで、
今日は携帯でアップ。

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共依存の微妙なバランス

ここのところ、娘からメールやら電話が多い。

彼氏とケンカ中なのだ。

なんで、彼氏とケンカすると

母に電話してくるのかが

不思議と言えば不思議。

不思議と言えば

彼氏との関係も不思議。

彼氏の親はアルコール依存ではないけれど、

いろいろ忙しくて、結果的に

彼は精神的にちょっとネグレクトされていた感じがある。

要するに、AC同士なのだ。

だから、微妙に依存し合っている。

娘もそれは認めている。

そんなもめ事をするくらいなら、

いっそ関係を終わりにしてしまえばいいのに、

と私が思うこともたびたびなのだが、

それでも娘は

一人になるのは嫌なんだそうだ。

ときどきは実家に帰りたい、

という気持ちはあるものの

ずっと実家にいるのはしんどいらしい。

家人のこともあるし、

「お母さんも、私から見るとおかしいところあるし。」、

というわけだ。

ごめんねー、

母は、「ふつー」の家庭がどんなか

いまいちわからないのよ。

だから、彼女の生活に

他の誰でもない、彼が必要であるらしい。

彼女にとって、彼女の喪失感を埋めるのは

彼という存在しかないらしい。

私から見ると、

何か問題が起こると、

互いの信頼関係をどう育てるか、ということより、

お互いに相手を支配しようとすることのほうが

先に立っているような行動を

二人ともとる。

「それってなんだか変よ」

と言ってはみるものの、

きっと私たちの背中を見て育ったから、

そんな風な行動になるのね。

人のことは見えるけれど、

自分の変なところは

見えないんだろうな。

でも、娘の話を聞いていると、

娘の周りには

けっこう喪失感が大きい人たちが

多い気がする。

ひょっとして、

微妙に不健康に依存しあう家庭があちこちにあって、

そこで育った人たちが出会い、

また微妙に依存し合って

新しい関係を築いて、

世の中は成り立っているのかも。

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以前はいろいろな夢を見ていたが、

近頃はパタンが決まってきた。

「建物の中や街の中で迷子になる」か

「自分の家の中なのに、他の人がたくさんいる」

というパタンである。

両方が合わさって、

「家の中が迷路になっていて

やたら人がいる」ということもある。

『子どもを生きればおとなになれる

 <インナーアダルト>の育て方』の中の

「境界の混乱」という言葉を目にしたとき、

その言葉は自分にあてはまる、

と思った。

親が子どもを自分の同盟相手とみなす場合も、

親子の境界が存在しないことになるのだそうだ。

境界が存在しないことは,

子どもに「見捨てられ体験」を引き起こすことになるとか。

確かに、私、母に同盟相手扱いされていた気がする。

それで、いろんな人が勝手に

「私の家」に入ってきているのね。

今朝見た夢も、

知らない人たちが勝手に

家の周りに何かの足場を並べ出していた。

え?何?

どうして?

例によって戸惑う私。

いつもと少し違ったのは、

そのことに対し、

私がものすごく怒っていた、

ということ。

思い起こしてみれば、

今までの私は、

そういう場合、

夢の中で途方に暮れていたような気がする。

そうだ。

確かに、今朝の私、

夢の中で怒っていた。

これって、私なりに成長したのかも。

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眠れてる?

7月の初めから続いていた多忙な日々が

昨日で終わった。

一抹の寂しさと開放感。

今日は、やっと毛布を洗って干した。

私は、家人のエアコン好きに付き合う関係で

夏でも毛布は必需品なので、

しまったのは、家人のだけ。

夕方、私の精神科へ。

この前、自立支援医療給付制度、

というのの手続きをしたので、

まだ手帳は来ないが、

今日から適用してくれることになる。

自己負担が1割になるのは、助かるな。

さて、健康診断の精密検査の結果やら、

アラノンには引き続き行っているかとか、

医者からの質問があり、

ピロリ菌がいたことや、

アラノンには行きたかったけれど、

行けずにいたことや、

断酒会に行って、アル症の人が少し怖かったこと、

断酒会の家族会に行って、

28年も通っている人の話を聞いて

遥かなる道のりを感じたこと、

家人が酒臭いと嘔吐感を感じてしまうこと、

など話した。

仕事への踏ん張りが足りなくなっていることは

話しそびれてしまったけれど。

医者曰く、

私が、家人の酒臭さに拒絶反応を示すのは、

これまで、ごまかしてきたことに

私がちゃんと向き合おうとしているからだろう、

とのこと。

それから、医者は「眠れてる?」と聞いた。

薬、出してもらっているんだから、

もちろん眠れている。

なんだか、毎日夢を見ているけれど。

ただ、なかなか寝ようとしないのは

まだ改まらないなぁ。

仕事が忙しい間に、

朝型に生活改善するつもりでいたのに、

結局、夜、家人が寝た後、すぐに寝る気になれない。

早く寝なくちゃ。

そして、早起きして、「きくち体操」して、

朝の10分読書して、

「私の一日」を過ごしたい。

今だってそれなりに、

好き勝手して過ごしているけれど、

でも、なぜか、「私の一日」という気がしないことが多い。

ご立派な一日でなくてもいいから、

「私の一日」を積み重ねて年を取りたい。

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遺品は語る

父も母も何でもため込むタイプ。

(そして、私は、見事に父と母の子・・)

だから、父の遺品の片付けも

終りがなかなか見えない。

というか、母がやる気をなくしているので

特に進展していない。

それでも、せっせと片付けを進めていた時期、

いくつかもらってきてものがある。

その中に、父の原稿が載っていた戦友会誌がある。

B4で4ページの会誌。

戦時中の体験談とか

近況報告とかが載っている。

父の原稿は600字程度の近況報告。

体調不良で

内視鏡検査をしたけれど、

しばらくは様子を見るだけでよかったことなどが

書いてあるのだが、

今の私の目から見ると

「おいおい!」と思ってしまう記述がある。

まず最初に、

  去年暮れの頃、

  夜半過ぎても寝つかれず、

  のこのこ起きだして、焼酎を半献ほど飲んでから

  寝直しました。

そして、締めくくりに、

  当分心配ないということで、

  かてて自制心に欠けているものですから、

  いまや夕食時の一献は、

  黙々と、惰性的に

  飲っています。

・・・・

今の、私の知識では、

それはやっぱり、健全な状態とは言えないのでは、

と思う。

まぁ、母には黙っていよう。

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父と娘

昨日の自分の記事を読み返してみて、

『この世でいちばん大事な「カネ」の話』を

「半分は娘のため」に買った、

というくだりを読んで、

自分の親バカ加減差に苦笑。

私からの推薦図書なんて、

読むはずなかろう。

と思っていたら、

久しぶりに娘から電話があった。

例によって、愚痴りたくて電話してきたのだが、

その話の中で

「私って、(傷つけらたとき)

反応が出てくるのが遅いんだよね。」

と言った後、

「おとうさんほどため込まないけど。」

と言った。

娘は、ときどき、自分はお父さんに似ているから、

お父さんの気持ちがわからないでもない、

ということを言う。

家人が、家の前でコケて入院が決まり

やっと病室に入れた時、

娘は夜中のカナダで寝ていたはずなのに、

私の携帯に彼女から電話がかかってきた。

「お父さんに何かあった?」

私が絶句したのは言うまでもない。

「いやな夢を見て、目を覚ましたら

枕もとにお父さんの頭があって、

すーっと動いた。」

というのだ・・・coldsweats02

なんだか、私の体を使って、

家人のDNAが繁殖したのかと考えると

微妙。

それにしても、

可愛い娘と同じDNAを持っているんだから、

いつまでも、

アル症なんかにからめとられていないで、

こっちに帰ってくればいいのに。

哀れな奴。 

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『この世でいちばん大事な「カネ」の話』

西原理恵子『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(理論社)

理論社の『よりみちパンセ』と題されたシリーズは、

「中学生以上すべての人」が対象となっている。

生協のカタログでこの本の題を見たとき、

半分は娘のため、

半分は自分のために購入を決めた。

万が一のことを考えると、

家人の収入があてにならなくなる

または

家人の収入をあてにしなくなる可能性があるから、

「自分で食べていく」ことを改めて考えなくては、

と思ったからだ。

10代のころの私は、子どもが嫌いで、

結婚はしないつもり、

どんな仕事をするかはわからないけど、

ちゃんと自分で食べてくつもりだった。

実は、

「自分でお金稼げるようになったら、

こんな親から逃げ出すんだ。」

と思っていたのだ。

しかし、私が親元から逃げ出すのに

実際に使った手段は

結婚して、他の土地に行く、

という方法だった。

家人となら、なんだか一緒に子育てできるような気がしたのだ。

実際には、大事な場面では、

「お前に任せているから。」

と逃げられていたわけだけど。

それはともかく、若い子を念頭に置かれて書かれたこの本は

まさに、今の自分に向けて

書かれたものであるような気がした。

それは、西原理恵子が、実の父はアルコール依存症、

育ての父はギャンブル依存症で

伴侶となった鴨志田穣氏もアルコール依存症、

という、クラクラするようなACだったからかもしれない。

彼女が育った環境は貧しく、

育ての父は、借金のあげく自殺してしまう。

それは、高校を退学させられた結果、

大検を使って美大を目指していた彼女の、

美大の受験日のことだったという。

この本は、

そうしたどん底から、

「働く」ということで

生まれた環境を乗り越えてきた彼女の半生記、

ともいえる。

鴨志田氏もまた、アルコール依存症の父を持っており、

その鴨志田氏がアルコール依存症になり、

「負のループ」が繰り返されるそうになった。

それを断ち切るために、

西原理恵子は離婚を決意したというわけだ。

そして、鴨志田氏も、

自分の心に開いた穴に果敢に立ち向かって

断酒に成功したのだそうだ。

西原理恵子は、

「アルコール依存症という病気をちゃんと治して

家族のもとに帰ってきた」

と書いている。

でも、その後、鴨志田氏は、

末期のがんで半年で亡くなってしまったのだから、

やっぱり、アルコール依存症に勝てた

とは言えないんじゃないか、

と、私は思ってしまう。

もちろん、たとえ半年でも、

自分たちは「負のループ」を断ち切り、

あたたかい家庭生活を手に入れることができた、

と、当事者たちが感じられるのなら、

あれこれ言うのは野暮である。

しかし、結局のところ

極度の飲酒生活が

鴨志田氏を死に導いたといえるのだから、

アルコール依存症に負けはしなかったけれど、

勝ちもしなかった、

ということになるような気がする。

でも、そういう壮絶な人生を生きてきた人の言葉だから、

私には、響いてくる。

 覚えておいて。

 どんなときでも、働くこと、働き続けることが

 「希望」になるってことを。

 ときには、休んでもいい。

 でも、自分から外に出て、手足を動かして、

 心で感じることだけは、諦めないで。

 これが、わたしの、たったひとつの「説法」です。

 人が人であることをやめないために、

 人は働くんだよ。

 働くことが生きることなんだよ。

 どうか、それを忘れないで。

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家族会

今日は、断酒会の「家族会」に行ってみた。

この前行ってみた断酒会の時にいた人が2人、

そうでない人が3人。

みなさん、私よりお姉さん、という感じ。

20何年も通っている、という話を伺うと、

私なんか、まだ、ぴカビの一年生だなぁ、

と思う。

それでショックを受けるというのは、

きっと、私の心のどこかに

ちょっとでも早く、「アル症の妻」から抜けたい、

という気持ちがあるからなんだろう。

家人は「断酒」しないで、

きっとなんとかなる、と思っている様子だから、

家人にはまだ

私がアラノンや断酒会をのぞきに行っている話はしていない。

今日も、「ちょっと出かけてくる。」と言ったら、

「何時ごろ帰る?」と言われたので

「昼過ぎだな。」と言った会話をして出かけた。

ところが、家族会のお姉さん方が言うには、

それは、宣言して出てこなくてはダメ、

とのこと。

「アルコール依存症の男の人は

やきもち焼きだから。」

と、口をそろえておっしゃるのである。

私の仕事は、夜出かけることが多いし、

趣味の集まりにも、どんどん出かけているし、

この前も高校のクラス会で

なんとか日付が変わる前に

家にたどりついたりしても、

そのことで、あらぬ疑いをかけられたことはない。

だから、やきもちを焼かれるなどと

考えたこともなかったので、

先輩たちのアドバイスには

かなりびっくりした。

まぁ、確かに、

宣言して出かけた方がいいにはきまっているから、

今度からは宣言して出かけよう。

それにしても、家人は、そんな心配を

したりしているんだろうか?

謎だ・・・

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戦後64年

今年は「戦後64年」。

昭和が終わったのが64年だから、

なんだか不思議な感じ。

昭和にすると84年か。

8月15日を前に、昨夜、テレビで

戦争に行った人たちの証言を放送していた。

その中で、自分が人を殺したことを初めて口にした人がいた。

奥さんも「はじめて聞いた」と衝撃を受けていた。

私の父は、南方に戦争に行って、すぐに捕虜になってしまった、

ということは聞いている。

しかし、あまり詳しい話は聞いたことがない。

父は、家人には一度くらい話をしたらしいが

子どもである私たちには

戦争の体験についてあまり話はしなかった。

聞いたことがあるのは、

捕虜になったとき、木の枝や空き缶を利用して

魚を捕まえた、というような話くらいである。

中学生くらいの頃、

「戦争に行ったのだから、

ひょっとして、父も人を殺したのかもしれない」

と考えたことがある。

それならば、自分は直接、戦争のことは何も知らないけれど、

人を殺した人間の子どもとして

その罪は受け継いでいるのかもしれない、

などと考えた。

と、同時に、いわゆる「戦犯」として裁かれていなくても、

戦争に行って、やむを得ず人を殺してしまったけれど、

そのことは胸にしまって、

今は、自分の家庭を大切にして

日々を送っている男の人たちが

日本中にたくさんいるに違いない、

とも思った。

そうすると、

日本中、人を殺した罪が蔓延していることになる。

でも、今、生きているってことは、

過去の国内の戦争で生き残った人間たちの子孫だ、

ということだから、

結局、私たちは、その罪と

まったく無縁でいることはできないのかもしれない。

それでも、父の戦争体験がどんなものだったのか、

やはり聞いてみたかった。

話を聞く前に、父は自分で命を絶ってしまったけれど。

先日のクラス会で、

「今80歳を超えている人たちは

淘汰されてきているから、強い。」

という話が出た。

クラス会に来ていた人たちも、

あまり親から詳しい戦争体験は聞いていないようだったが、

自分たちだったら耐えられないだろう、

という気がしているのは同じだった。

戦争を知らない、ということは

ありがたいことなのだ、

と改めて思う。

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緑茶くるみ

生協で購入。

黒糖ソラマメもおいしいけれど、

これもなかなか美味。

くるみが小さいせいか、

写真に撮ると、なんだか変な感じがするが・・

Photo

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景気回復?

景気って、回復するんだろうか。

「底付きしたら、回復する」

とか言うけれど、

ほんとうにそうだろうか?

まぁ、アル症は、そうであると言われているけれど。

右肩上がりなんて、もう、ありえないって

やっぱり思う。

私は、経済のことは、ちゃんと勉強していないけれど、

なんというか、

私たちは、次のステージに移ったのではないか、

と思う。

だから、

橋本治『大不況に本を読む』(中公新書ラクレ)は

とてもおもしろかった。

このタイトル、読書の勧め、のようだけれど、

実は、読書についての記述なんて

ほんの少ししかない。

読書の勧め、に至る前に、

今の不況を分析しながら、

日本が棚上げにしてきたことに話が及んでいる。

最初は、読書についての話がすぐに出てこないので、

作文の悪い例、みたいな感じがした。

私は、橋本治の本は初めてで、

どういう書きっぷり人なのか

全然わからなかったせいもある。

著者の、今の状況、

つまり、100年に一度の『みぞうゆう』の世界的な不況の

解説は、本当に納得できる。

もう、景気の回復は望めない、

そこから、物事を考えなきゃいけない、

と著者は言う。

その視点に立つと、

政治家たちが「景気回復」と

声高に主張している姿が

ますます情けなくなる。

目先をごまかすような話ばかりしないでほしい。

本当に、これから先、日本という国が存続していくためには、

何が必要なのか、

何を育てていかなければいけないのか、

そのために、何にお金を使わなきゃいけないのか、

ちゃんと考えている政党ってないような気がする。

「子育て支援」とか言ってお金出すのなんて

どういう頭だろう?

子どもを育てるというのは、

単に各家庭の問題ではないんじゃないかと思う。

まさに、国の底力を育てることなのではないだろうか?

学校の先生が、書類書きに追われ、

病気の時に頼れる医者が近所にいない、

といった状況を改めること、

つまり、人にお金をかけることが大切なんじゃないだろうか。

経費節減、とかいって、

人件費を削るのがいい、

としか考えられないって、

あんまり頭が良くない気がするけれど、

そういうことをする人たちを政治家にしているのは

結局、私たち国民、ということになるんだろうな。

まぁ、私が投票する人が

当選したためしはないけれど。

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どこかに穴が開いていて
そこから私の元気が
少しずつ私の中から漏れていく、
ような気がする今日。

それでも、重い足引きずって
2ヶ月ぶりに
アラノンに行く。

電車1台のがして遅刻。

ご迷惑をおかけしました。

聞きっ放し、話しっ放し。

特に「私とおんなじ」と思う話を
聞いたわけでもないけど
帰りの足取りは
行きより軽やか。

午後は家人の精神科。
例によって
「奥さんから見てどうですか」
と聞かれる。

・些細なことで、やたら不機嫌になる。
・夕方、私が帰宅すると、テレビの前で寝ていることが増えた。
・時々「JB線」臭い。

JB線は、車内で酒盛りする人たちがいるのだ。

医者は苦笑して、
「とにかく、お酒は減らしましょう」
と言った。

まだまだ、
「止めましょう」
とは言ってもらえないらしい。

そして、夕方。

のこのこ上京。

2ヶ月に1回のペースの
高校のクラス会。

家人と全く違う仕事の人たちと話すのが
それなりに面白い。

高校生の頃の私、
「怖いもの知らず」、
のつもりだったけど、
さびしんぼの塊だったかも。

あの時の私が
今の私につながっているんだ。

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栄養ドリンク

台所の棚に、栄養ドリンクの3本パックが

だいぶ前から置きっぱなしになっている。

昔は、「どうも疲れたな」

と思うと、栄養ドリンクを飲んで

頑張っちゃっていた。

それが、いつのころからか、

「栄養ドリンクを飲んでも元気が出ない」と

感じるようになっていった。

いくら飲んでも頑張れない。

何もできない、というほどではないけれど、

自分の心の張が

少しずつなくなるのを感じていた。

精神科に行くことになって、

あぁ、これじゃあ、いくら栄養ドリンク飲んだって、

踏ん張れないはずだ、

と納得。

栄養ドリンクは、

その場しのぎにすぎないから。

それでも、おまじないみたいに、

たまに栄養ドリンクを飲んでいた。

でも、そのうち

栄養ドリンクの味そのものを

体が拒否するようになった。

それで、だいぶ前に買った栄養ドリンクの

3本お得パックが

台所の棚にポンと置かれて

埃と天ぷら油をかぶっているというわけ。

それにしても、台所も、

だいぶごちゃごちゃしている。

片付けなくちゃ。

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heartburn

『心みだれて』の原題は 『heartburn』

heartburnを辞書で見てみたら、ふたつ意味が書いてあった。

ひとつは「胸やけ」。

もうひとは、heartburningと同じ。

そして、heartburningは、「不満・嫉妬」。

主人公のレイチェルは料理評論家だから、

かけ言葉になっていのかも。

観ていて楽しくなる映画ではなかったのだけれど、

つい、場面を選んで見直してしまう。

ジャック・ニコルソン演じるマークの浮気に気がついて、

いったん子連れでニューヨークに戻ったものの、

レイチェルは迎えにきた夫とワシントンに帰る。

表面的には、以前と同じような暮らしを送りながらも、

夫の行動に対する猜疑心は消えず、

夫の財布の中にホテルの領収書がないかチェックしたり

洗濯物になにか痕跡がないか探したりする。

それって、家人が再飲酒しているのでは、

と疑っていた時の私の行動によく似ている。

私も家人の財布の中のレシート見たり、

家人の部屋のガサイレしたこともある。

そういう自分が、あさましくって、ますます悲しいんだけれど。

レイチェルとマークは

友人たちとの食事では

何もなかったようにふるまいながら、

二人の関係がもう以前のようではない様子が

帰りの車の中の二人の表情を

対向車のライトが

スポットライトのように交互にあたって

描写されているところが面白い。

そう。

表面上、いくらこれまでと同じ、を取り繕っていても

全然違う、before and after

レイチェルを心配してくれる友人は、電話で

自分が夫に浮気されたときには、

夫が乗った飛行機が落ちないか、

そうしたら、葬儀の時にはどんな服を着ようか、

葬儀の後、何人くらいの男とデートできるか、

考えたりしたことがある、

と話し、レイチェルを慰めてくれる。

私は、そこまで、具体的には考えないけれど、

たとえば、昨日いとこの法要に出かけた家人が

ついつい飲みすぎて、

階段踏み外してどうかなったってかまわない、

とか考えないでもなかった。

今のように、「適量飲酒」を続け、

前頭葉が縮み続け、

ついでに肝臓も大ダメージをくらい、

あまり、私に負担がかからずに

家人が「天寿」をまっとうするなら

その方が私は楽ちん?

それなら、できるだけ、早く?

これが、ずいぶんひどい考え方だというのは

わかっているけれど、

正直、

どうなることを自分が望んているのか

なんだか、よくわからなくなる。

自分の体を大切にし、

自分の仕事をちゃんとし、

テキトーに美味しいものを作って食べ、

こざっぱりとした部屋に暮らし、

娘の自立と、母の自立の支援をし、

ネコとじゃれ、

本を読み、

映画や時には舞台も見て、

ときどき、友だちとランチしたり

集まりをしたり、

それができれば、充分?

ん~、どうも、

何か一番大切なことを

封じ込めているかもしれないなぁ。

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『心みだれて』

本日/昨日、家人は、いとこの49日法要にお出かけ。

いとこは、クモ膜下出血で急逝、

ご葬儀は、家族葬ですまされたらしい。

会場は東京なので、

途中で弟(家人の)と待ち合わせる、

ということで出かけた。

法要なんだから、やっぱり酒飲むんだろうな、

とも思ったが、

弟は事情を知っているし、

止まらない程は飲まないだろうな、

と、駅まで送り。

これって、イネーブラーかな。

まぁ、こちらも、

日曜日に診察する駅前の病院に

胃の検査結果を聞きに行くから、

いいじゃん。

自分の行動が

共依存者かどうか

ひとつひとつ確認していったら、

正直、くじけちゃう。

というわけで、

家人は出かけ、

私は病院で「慢性胃炎です。ピロリ菌がいました。」

と言われて、薬をもらう。

(除去するのはピロリ菌だけか?

大事なものも除去したりしないか、

確認するの、わすれてしまった・・)

ん~、それにしても、

家人がいない休みの日って

どうして、こうも気分がのびのびなのだろう。

久しぶりに、メリルストリープのDVDも観る。

1986HeartBurn『心みだれて』

アメリカでは、公開したとき、

『エイリアン』についで2位の興行成績だったらしい。

う~ん、バツいちで再婚して、

子どももできて、自分は幸せ、

と思っていたレイチェルが

第2子の妊娠中に夫マイケルの浮気を知って、

里帰り、夫が迎えに来て

一度は戻るけれど、

夫の裏切りは続いていた確証を得て

夫の顔にパイ投げつけて

さよならしちゃう、

という話。

映画として、盛り上がりに欠ける展開ではあるけれど、

レイチェルの感じる、不安とか不満とかは

妙に説得力があった。

不安にさいなまされているときと

別れを決意していたときの

レイチェルの表情が対照的なのが

さすが。

このときの娘たちは、

本当にメリル・ストリープの娘たちだ、

と何かで読んでいたけど、

確かに最後のところに

二人の名前が出ていた。

ん~、日本の女優さんは、しないだろうな。

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断酒会

この前の日曜の午後に、断酒会に行った。

家族勉強会の時に誘われたグループ。

次は今日の夜で、誘われていたのだが、

今日は行かなかった。

午後、自分の用事ででかけていて

夜まで出かける元気がなかったのだ。

自助グループは、相性があるらしいけれど、

このグループが、私にはっきり合わなかった、

と感じたわけではない。

家人が参加するとして、

あそこが合うか合わないかは、

私の問題ではないし。

ただ、本当のことを言うと、

家人以外で

アルコール依存であった/ある、

ということが明らかになっている人と

同席するのは初めてだったので、

少し緊張したのも確かである。

なぜだろう?

ひょっとすると、

私にとってのアルコール依存症患者は、

家人、という具体的な存在でしかなかったからかもしれない。

依存症家族会などで話を聞くときには、

話し手の向こうに

話し手を巻き込んでいるアル症の人がいるわけだが、

私には顔もわからない存在で

なにより話を聞いている時点で

私と空間を共有していない。

断酒会に来ている人たちは

自分の病気を乗り越えようと一生懸命であろうし、

そこで私たちに危害を加える行動をとるわけではない、

ということは重々承知している。

でも、今、振り返ってみると、

根拠はわからないものの、

やはり、私はあのとき

「怖い」という感覚を持っていたのだった。

そういえば、

「家族の勉強会で、自分に似た話を聞いた時に

 涙が出そうになった」

と話した時、

精神科の医者に言われたなぁ。

「そうかもしれませんね。

 あなたは、自分のことでは泣けないようだから。」

つまり、この反応パタンで考えると、

「私が、断酒会の参加者に対して

わずかではあるが恐怖心を抱く」

ということは、

「私が、家人に対して

実は、わずかではあるが恐怖心を持っている」

ということを表しているのかもしれない。

と、書いていたら、

なんだか、微妙に呼吸が苦しくなってきたから、

これはあながち、

間違っていないのかもしれない。

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少し愛して、長く愛して

大原麗子さんが亡くなったという。

2,3か月前に、

ふと「少し愛して、なが~く愛して」というフレーズを思い出し、

検索したところ、

YouTubeで懐かしいCMを見た。

やっぱり、かわいらしい人だなぁ、

復帰はいつになるのだろう、

などと思っていた。

学生時代、ある日、なぜか

私は東大病院のそばを歩いていた。

そのとき、看護婦さんに付き添われた女の人が

ゆっくりゆっり歩いていた。

きれいな女の人だなぁ、

と思いながら、

私はその人たちを追い越した。

看護婦さんが

「わたせさん、もうお部屋に戻りましょう。」

という声がした。

それに対して、

「もう少しだけ。」

と答えた女の人の声。

甘えるようなハスキーボイス、

「わたせさん」という名前・・・

あ、大原麗子だ!

(渡瀬恒彦と結婚していた頃のこと)

私は、振り向くこともできずに

どきどきしながら

駅に向かった記憶がある。

難病だとは言われていなかったけれど、

電車の中の吊広告で

大原麗子が入院した、ということは知っていた。

私がナマで見かけたことある、

数少ない女優。

今日、テレビで得た情報からすると、

あの時も、

実は、ギラン・バレー症候群で入院していたことになる。

長い間、病気と闘ってきたんだなぁ。

合掌。

さてさて、我が家の闘いは

先が見えない。

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私の変化

家人の大量飲酒に問題があるのを

いやでも自覚したのは

去年の旅先での出来事だったが、

それが「アルコール依存症」であるという事実が

私たち(少なくとも夫以外の人)に突き付けられたのは

今年の初めのこと。 

そして、それがきっかけで、

私は、自分が共依存でやACであることを

認めざるをえなくなった。

しかし、別の見方をすると

今年の初めの出来事の前に、

私自身が変化を求めて

いくつかの行動を起こしていたことに気づく。

 ●膝の痛みの自覚から、

  体重を落とそうと、低糖質ダイエットを始めた。

 ●人生の残り時間を考えて、

  これまでと違う物事へのアプローチの仕方を知りたくて、

  フォトリーディングやマインドマップの講座を予約した。

 ●自分と価値観が違うように思える

  勝間和代の本を読んでみた。

 ●手帳のリフィルを変えた。

 ●家人が仕事を休んだ日に

  「焼酎がなくなりそうだから、買ってきて(こい?)」

  と言われたのに対し、

  特に理由はなかったが

  「いやだ」と断った。

何か自覚があったわけではないが、

私は変化しようとしていた。

ひょっとすると、

それでこれまで我が家を支えていた微妙なバランスが崩れて

家人が離脱症状を示すにいたったのかもしれない。

しかし、さらに

なぜ私が変化しようとしたのか考えてみると、

やはり、娘が一年だけとはいえ留学して

これまでの私たちの関係に

何かしらの影響を与えたのではないか、

という気がする。

実は、娘が漠然と留学を考え始めてから

実際に留学できる機会を手に入れるまでは

驚くほど短かった。

実際に留学している人たちの話を聞くと、

ものすごく深く考えているかどうかは怪しい例も多いのだが、

とにかく、娘の場合は

行きたくて行きたくてついに行けた、

というより、ほとんどはずみで留学してしまった、

というのが私の印象である。

でも、それこそが、

私たちがアルコール依存症に向かい合うための

スタートだったような気がする。

どう考えてもACである娘の心の中の葛藤は知る由もないが、

娘の中で何かが臨界点に達して、

それが留学を引き寄せたのではないか、

とも思うのだ。

もちろん、

まだ私たちは、問題の本質に向かい合い始めたばかりだ。

この問題が、

ナンクロのパズルのように

「すべての升目を埋めたらおしまい!」

というわけではないことを

私はようやく理解し始めたところだ。

そして、家人はもちろん、

娘のことも私はどうすることもできないってことも

頭の理解でなく

心で納得し始めたところ。

そして何より、私は自分と

ちゃんと向かい合わなきゃいけないってわけだ。

 ★私の成長は私自身のためであって、

  他人を変えるためのものではない。

 ★私は、すべてのコントロール権を握ってはいない。

――『子どもを生きればおとなになれる

     <インナーアダルト>の育て方』の

      「自分を認めるための言葉」から――

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「処分」

今日のNHKの『クローズアップ現代』のテーマは

最近のペット事情を

ないがしろに扱われているペットの命に焦点を合わせたもの。

ペットショップのチラシ。

子犬の写真の下に「セール」と書いてあるのを見ると、

ほんとに嫌な気持ちになる。

ペットショップでは、

少し大きくなってしまった犬たちが

ダンピングされているのを

私も知っていた。

しかし、ネットで

子犬が1円で売られているなんて、

信じられない。

我が家のネコは、

娘が拾ってきた。

いや、ネコの立場で言えば、

お母さんネコがいない間に

赤ちゃんネコを見つけてきて

強奪されてきた、というのが

本当なのかもしれない。

250グラム。

私の掌にのる大きさだった。

今は、4キロちょっと。

ちょっぴり、タブタブのおなかの14歳。

野良猫の世界にいたら短命だったかもしれない。

でも、私たちと一緒に暮らして、

君の人生、というか、猫生はよかったのかな?

娘は、なんとか自分の人生を切り開いていけるだろう。

でも、私がダウンしたら、

ネコはどうなる?

番組では、

飼い主探しで、新たに飼い主になろうとする人たちに

ガス処分させられる犬や猫の映像を見せ、

覚悟を決めさせる自治体もあると

紹介していた。

ケージに入れられ、

金属の箱に入れられ、

ボタンが押される様子が、

司会者後方の画面に映し出されていた。 (ノ_-。)

悲しい気持ちになったけれど、

平気で晩御飯食べていたんだから、

私の神経、おかしいのかも、とも思う。

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正月公開予定

「Julie & Julia」はコロンビア映画、

なので、

ぜひぜひ見たい私は

ソニーピクチャーズに

公開予定の有無の問い合わせのメールを出した。

今日、返信があり、

正月に公開予定だとのこと。

ひゃっほ~い heart02

何が何でも見に行くぞ。

アル症は、その頃もまだ

我が家にはびこっているのかな。

それは、わからないけど、

そんなの、どっちでもかまわない。

どんな状況であろうと、

来年の正月は、

私は、

大スクリーンでメリル・ストリープ見て、

彼女の元気パワーを

たくさんもらうんだ。

て、鬼に笑われるかも。

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幻の旅行プラン

今日は、そこそこ夏らしい一日だった。

でも、8月の夜にしては涼しいかも。

例年、今頃は、

時間給労働者の私には

まとまった仕事があり、忙しい。

今朝、出かける支度をしながら、

思い出した。

去年の今頃、

忙しさと暑さでひぃひぃ言いながら、

9月の末に、娘のいるカナダに行こうと

旅行の計画を立て、

ネットで飛行機やホテル、

それに現地ツアーの予約をしたことを。

日本語のガイドブックと電子辞書を脇に

一生懸命、画面の英語読んだりしたなぁ。

全行程2週間の、ちょっと豪華な旅行、

予定どおりに進んだのは、

娘のいた街を訪れていた

最初の4日間だけ。

4日目の夜、

移動した先のホテルで

家人が妙な発言しをしだした。

 冷蔵庫から変な音がする。

 日本語の歌が聞こえる。

 変な奴が外の階段のところにいる。

 女の人が襲われている・・・

家人が聞いているものは

私には聞こえず、

家人が見ているものは

私には見えなかった。

口げんかをし、

まんじりともしない夜を過ごした翌朝、

家人は言った。

「どうも、これはアルコール性の幻聴だと思う。

ついては、これ以上、旅行続けられる自信がない。

こんな状態で旅行を続けて事故にでもなったら、

娘に申し訳ない。

だから、帰国したい。

帰国したら、酒は減らす。」

私も同じ不安を抱いていたので、了解した。

さすがに、すぐに帰れはしなかったが、

取れる範囲で一番早く帰国できる飛行機に変更し、

帰ってきた。

帰国するまでは、あまり酒を飲まずにいたが、

飛行機に乗れば、ビールはもらう、ワインはもらう。

おまけに、成田に着いて、

カートを置いてくる、といったきり、

なかなか戻ってこない。

「出口を間違えた」と言いながら現れた時、

右手にしっかり、淡麗生500ml。

帰国後、私の精神科の先生は

「そのとき、お酒の量が減っていたことはない?」

としきりと確認した。

私は、そんなことはないだろう、と思っていたのだが、

今から考えると

大いに認識が甘かったのだ。

カナダでは、酒は簡単に買えない。

国が許可した店でしか買えないうえ、

そうした店がそこかしこにあるわけではないからだ。

だから、確かに、酒の量は減っていたのだ。

おまけに、久しぶりに会えた娘と

また別れて、悲しくなり、

すっかりバランスを崩したのだろう。

帰国が決まった後も、

幻聴を聞いたり、幻覚を見たりしていた。

ひどい勘違いをして、

ずいぶんな物言いもされた。

あの時、事の大きさに

私は気がつかなかった。

いや、帰宅して、本を見て、

幻聴、幻覚が出るのは相当やばい、

という記述は読んだのだ。

でも、その時、私は私に

「まぁ、旅先のことだから」と

ごまかした。

ごまかしたって、なんだって、

アル症はアル症でした。

精神科の先生がその疑いを持ったのに、

私は、大したことありません、て

流していた。

本当に、今から思えば、

ある日いきなり、アル症の症状が出たわけではなかった。

一日休むと

2、3日は休んでしまう。

定年前の不調かと思っていた。

それだけじゃなかったんだ。

旅行に行って、元気になってもらおう、

そして、自分も元気になろうと

しんどい思いしながら立てた計画。

家人の父も兄も60前に亡くなっていたので、

ひょっとしたら、

これが家人と出かける最後の旅行になるかもしれない、

と思いつつ立てた計画。

楽しみだなぁ、と思いながらも、

心のどこかで

実現しない予感はしていた。

きっと、私も心の底では

本当のことがわかっていたんだろう。

あぁあ。

でも、行きたかったなぁ。

ドラムヘラーという化石の砂漠。

カナディアンロッキー。

ロッキー山麓での乗馬。

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アンチ・アンチエイジング

テレビの番組の宣伝で、

胸のサイズが手術しないで

とてもボリュームアップしたという女性が出ていた。

若々しく見えるその女性が

実は60歳、というので、

出演者が仰天、といった様子だったのだが、

それを見ていた家人が

「あのおばさん、60だって。」と言う。

照明がいっぱい当たって

誇らしげに胸を強調してほほ笑むおばさん。

光の加減か、皺もあまりわからない。

何かしらの努力をして

60歳なのに若さを保っている、

ということなのだろう。

でも、どこが素敵なの?

60年生きてきたのに、

それが何も反映されていない表情って

そんなにうらやましい?

メリル・ストリープの写真、

遠目で見ると「かわいい」くらいでも

ちゃんと見ると、皺も思い切り自己主張してる。

でも、それも素敵に思えてしまう笑顔。

若いころのメリル・ストリープのインタビューを見ると

声も細く、表情を表すのは顔だけ。

それに比べて、最近のものは

声も太くなった感じだし、

手振り身振りで快活に話す、

という感じで、

早い話が「おばさんになった」というところなのだけれど、

そのおばさんさ加減が

おばさんとしては、見ていて気持ちがいい。

なんだか、人生をちゃんと味方につけている感じがする。

私も、あんなふうに

自分の人生を味方につけていきたい。

テレビに映る、年齢不詳のおばさんを見ながら

家人に言う。

「かわいそうに。

自分の人生味方に付けられなかったんだね。

60にもなって、バカみたい。」

そうだ、と、そこで思いいたる。

ちぢむ前頭葉がむなしいのは、

まだ60なのに80歳の脳になっている、

ということ。

80年の人生の積み重ね抜きに

脳だけ先に年を取ってしまったこと。

酒を飲みすぎたばかりに、

そして、止められないばかりにね。

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Julie & Julia

なかなかDVDを見る時間も作れず、

『マンマ・ミーア!』は、

前半だけ見てそのまま、

『マディソン群の橋』と『Out of Africa(愛と哀しみの果て)』は

レンタルで借りたままになっている。

こういうとき、ネットで借りるシステムは

返却期限がないから助かるけれど、

試験などの期限がないと勉強しないのとおんなじで、

なんとか頑張って見よう、とはならないもの。

それでも、

simplystrrep.comというサイトは毎日チェック。

今度の金曜日に

Amy Adamsと共演の

『Julie & Julia』という映画が封切りになるとかで、

いろいろな情報がのアップされている。

Amy Adamsとの組み合わせは

『ダウト』と同じだけれど、

Amy演じるJulieは現代の女性、

Merylが演じるJuliaは

ちょっと前の時代の女性なので

共演と言っても、同じシーンにはでないらしい。

どちらも実在の女性で、

Julia Childというのは、

アメリカの料理のオバサンとして有名らしい。

アメリカで生活をしていた、年上の人に聞いたら、

テレビ番組見たことがある、と言っていた。

料理を作る話なので、食べるシーンが多く、

それも、リハーサルの時から

本気で食べるよういわれたとかで

Merly Streepも15ポンド、というから、7、8キロ?

体重が増えたという。

今年のアカデミー賞の頃の写真を見ると、

確かに巨大化している。

しかし、さすが、女優さん、

最近の映像は、『マンマ・ミーア!』の時より

細くなったかも、

という感じ。

WikipediaでJulia Childを調べてみたら、

真珠湾攻撃の後、

海軍に入って中国に行って仕事していたとか、

中国で知り合った人と結婚して

その後フランスで生活し、

アメリカにフランス料理を紹介したとか、書いてあった。

とても背が高かったとかで、

映画のほうは、Merylが背が高く見えるよう

セットとか作ったらしい。

アメリカ人なら誰でも知っている

有名な人らしいが、

日本ではマイナーだなぁ。

映画の予告編見ていると、

二人の女性の生き方の模索が

料理を通して描かれているのがわかる。

ぜひ、見てみたいけれど、

日本でも上映するといいなぁ。

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