« マタタビ | トップページ | 6月22日 »

遊ぶ

遊ぶ、ということが苦手だ。

いや、別に遊んだことがないわけではない。

むしろ、勤勉というよりは、

どちらかというと、

どうすれば楽に進められるか、

と手を抜くことばかり考えている人間だ。

にもかかわらず、

特に用もないのに

ショッピングセンターで

ぶらぶらしていたりすると、

「こんなことしていいのかな?」と

不安になってしまう。

一方で、

友人と約束して

どこかでテキトーに遊ぶ、

などということは

ほとんどしたことがない。

実は、ごくごく小さい時期を除いて、

子どもの時から、

人と遊ぶ、ということに

罪悪感があるのだ。

今、

『子どもを生きればおとなになれる

  <インナーアダルト>の育て方』

という本を読んでいる。

いわゆる、アダルトチルドレンが

自分を育て直すためのガイドブックのようなものである。

その中に、

「子どもが学ぶ必要のある行動やスキル」

というのがあり、

「助けを求める」とか「適切に感情を表現する」

などの例が挙げられているのだが、

「遊ぶ」も

その一つに挙げられている。

これは、おそらく、

経済的な基盤が弱かったり、

親が自分の役割を果たさなくて

子どもなのに働かなければならないような状況で

育った子どものことを念頭に置いているのだろう、

と思う。

私の場合は、

家がとても家計が大変で

私も働かなければならなかった、

などということは全然ない。

しかし、

なぜか未だに釈然としない理由で、

隣の学区に越境入学させられ、

小学生から電車通学の毎日。

人よりいい成績を取ってこそ認められる、

という母の価値観のもとで育った私は、

学校か塾で遊ぶしかなく、

そうではなくて独立して「遊ぶ」

ということはなんだかとてもいけないこと

のように思ってしまっていたのだ。

それが今でも尾を引いているようで、

仕事も休みで、

家事もとりあえずすんでいて、

ただ漠然と出かける、

というのがどうにもいけないこと

のような気がしてしまう。

「映画を観る」とか

「水中ウォーキングする」とか

「なんぞの研修会に参加する」とか、

はっきり目標があることなら、

「自分のために時間を使う」

というふうに考えられるのだけれど、

買い物ついでに、ちょっと他のお店ものぞいてみたりしていると

「こんなことしてていいのかしら」と

気もそぞろになってしまう

ある種の貧乏症かも。

|

« マタタビ | トップページ | 6月22日 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。
じつは、私も今同じ本を読んでいるところでしたのでおもわず書き込みさせていただきました
 幼少期のころや独身のころは普通に遊べていたのですが、今のアルコール依存の夫といっしょになってからは、一度も自分のために約束を取り付け友人と会ってお茶したり食事をしたりなど時間を使ったことが私もありません。
 美容院へ出掛けるのも以前は3年に一度くらいで・・・。やはり罪悪感があります。
ちっとも悪いことではないのになかなか出来ない自分がいます。

投稿: S・E | 2009年6月22日 (月) 08時29分

S・Eさんこんばんは。
今、流行りものでもないのに、自分が読んでいる本を、他の誰かが読んでいる、とわかるのって、なんだか嬉しいです。

なんで、法に触れることしてるわけでもないし、
相手を裏切るようなことしているわけでもないのに、
後ろめたい気分になってしまうんでしょうね。

自分の人生なんだから、
堂々生きたい、と思うのに、
思っていることと
実際の反応とでは差があるのが
よろしくないのでしょうね。

投稿: kurulimpa | 2009年6月22日 (月) 22時52分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/533907/45413691

この記事へのトラックバック一覧です: 遊ぶ:

« マタタビ | トップページ | 6月22日 »