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2009年4月

家族

正月以来、ほぼ4か月ぶりに娘が帰省している。

私が10分ほど家を空けた間に

家人が、アルコール依存症のの離脱症状で

道路に転倒して入院となった時も、

諸般の事情で帰ってこられなかった。

MSNのメッセンジャーや

携帯電話でそれなりに話はしていたが、

本人に直接会うのは久しぶり。

やはりうれしかった。

帰宅した日は、

彼女のご要望通り、

迎えに出た足で焼肉屋に向った。

ところが、家人、

いったん帰宅したかったらしく、

家への曲がり角を通過して

焼肉屋に直行しようとしたら、

途端に不機嫌に。

娘も気が付いていたようだが、

迎えに出た時に

アルコールのにおいがしていたから、

アルコールが切れてきていたのかもしれない。

しかし、私も空腹だったから、

当然車は焼肉屋に向かう。

以前の娘だったら、

家人の態度に

かなり傷ついてそれを露わにし、

私もそれを収拾しようとしていらいらしてしまうところだ。

しかし、娘は、

明るく、焼肉屋に行くのを楽しみにする発言をしている。

私も、

家人の態度に胃が痛くなりかけている自分に

嫌気がさしながらも

娘の様子に助けられ、

とりあえず、陽気にふるまう。

とはいえ、

なんだか微妙な緊張感が車中に漂う。

焼肉屋に着いても、

家人はむすっとしている。

やっとテーブルについて、

注文の段になり、

家人が「ビール」と言ったのを、

娘がすかさず、

「あ、ビールはなしです。」と注文却下。

家人の顔に怒りが表れるものの、

何も言わない。

私が「ウーロン茶でいい?」と聞くと、

「飲み物はいらない。」との返事。

家人がトイレに立つと、娘は

「頭に来るなぁ、あの態度。

 でも、私ものすごく疲れているし、

 おなかもすいているから、

 あの態度、無視するからね。」

そうだ、せっかく焼肉食べに来たんだから、

焼肉楽しもう!

それにしても、君は大人になったね。

結局焼肉を食べる間、

家人は少しも話をしなかった。

食事が終ると、

家人はさっさと外に出て

私が支払いが終わるのを待っていた。

そこで、また、娘が

「私がいるから、あれでも、せいいっぱい、

 頑張っているってこと?」

と聞いた。

そう。

君がいるから、

あれでも本人的には頑張ったのだよ。

たぶんね。

君がいなければ、

ビールを却下した段階で

「帰る」と席を立ったことだろう。

娘がいると、それだけで元気がわいてくる。

家人の強烈不機嫌オーラにあっても、

それを跳ね返して

笑いながら話をする相手がいる。

適応障害を乗り越え、

いろいろな経験を積んで、

彼女は家人の不機嫌に

振り回されなくなったようだ。

今日、娘と買い物に出かけ、

そのあとデートに向かう彼女の後姿を見送ったとき、

私と娘との関係は

確かに次のステージに移ったと実感した。

落ち込んだときには、

私の声が聞きたいと電話してくることもあるし、

考え方が甘いなぁと思うこともあるけれど、

彼女は20代前半のひとりの女性として

自分の人生を生きている。

アカの他人だったら、

なかなか素敵な娘さんだ、

と思うかも、

と考えるのは、やはり親バカか。

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Mamma Mia ! spoof

Simply Strrp.comというのがあって、

メリル・ストリープ情報をいろいろ発信している。

今日、チェックしたら、

アメリカの読書運動、のようなものの募金の呼びかけに

メリル・ストリープが出ているという。

YouTubeで、メリル・ストリープが「募金してください」と

言っているのを見ているとき、

画面の右のほうに、

『Mamma Mia! Spoof』というのを見つけた。

"spoof"とは、パロディのことらしい。

『マンマ・ミーア!』のパロディ。

メリル・ストリープの踊りや

ジェームズ・ボンドの歌の苦手さが

強調されているだけでなく、

メイキングシーンを茶化したものもある。

ピアース・ブロスナンのファンは

楽しめないかもしれないが、

なかなかおもしろかった。

しかし、これが作られてテレビで放映される、

ということは、

いかに多くの人たちが、

茶化される大元の『マンマ・ミーア!』の

映像を見る側が共有しているか、

ということでもある。

一場面だけでなく、

作品そのものがパロディになるって

すごいことではなかろうか。

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Manhattan

メリル・ストリープの出ている映画。

DVDの予約をした時に、

この映画は劇場で観たはずだと思い出した。

でも女優は、

ウディ・アレンの若い恋人役の

マリエル・ヘミングウェイのごつい眉毛と

ダイアン・キートンしか覚えていない・・

もっとも、ストーリーも忘れてしまった。

白黒なのになんだか色を感じさせる映像と、

ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」は

忘れられないけれど。

観てみると、おばさん向けの映画ではなかった。

こじゃれた雰囲気の中で、

人はカッコ悪く生きていくものなのか。

ああ、しかしながらメリル!

ウディと別れて、

女の愛人のところに行ってしまった

前の奥さんの役だったのね。

出てくる場面はそれほど多くないが、

美しすぎる。

そして、細い。

『銀河鉄道999』のメーテルみたい。

2009年のオスカーの受賞式の時の写真を見ると

『Mamma Mia!』の時より

さらに貫禄を増してしまった感じなのだが、

この映画のメリルはその半分くらいの印象。

貫禄を増したのは、

『Julie & Julia』という映画で演じた

Juliaという実在する料理家が

かなり大柄な女性だったからだと思われる。

『Mamma Mia!』で

山羊小屋によじ登って

屋根の上で仰向けで踊っているところは、

メリル・ストリープといえども

体型は中年女性だぞ、

と、しみじみ思わせてくれるシーンで、

最初見た時は、

「いいのか?女優がこんなシーン撮って。」と

思ったのに。

でも、見方を変えると、

それは、

人生を積み重ねたことを感じさせる、

ということ。

仕事も家庭も全力投球で、

誠実に人生を積み重ねてきた先輩、

という感じがするところが

なにより魅力なんだと思う。

『Manhattan』、劇場で観たのは、

おそらく、結婚したばかりか、

その直前。

家人と二人で観た。

今日は、一人でDVD鑑賞。

今夜の会話、

「草彅クン」のことは話に出たけれど、

今日、もう一度『Manhattan』を観たことは

結局話題にできなかった。

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作戦会議

家人の精神科には、私も一緒に行く。

入院中に、一緒に来るよう医者に言われたので、

家人も「お目付」がいて不満なようだが、

とりあえず一緒に行く。

しかし、実のところ、

そのとき、私は

何をどこまで話していいのか

わからなくなってしまう。

つまり、毎日歩いてはいますが、

帰ってきてから自室にこもっているので

そのときに飲んでいるんだと思います、

とか、

薬のせいか、

あるいは脳が委縮しているせいか、

物事の判断にものすごく時間がかかることがあり、

車の運転はやめさせたいんですが、

とか。

アルコール依存症の家族は、

患者が飲んでも飲まなくても

それに振り回されてはいけないって

本には書いてありますが、

そうは言っても、

本人の様子から飲んだらしいとわかると

非常に嫌な心持です、

とか、本人を前にして

担当の医者に言ったりしたら、

やはりおへそを曲げてしまうのではないか、

など思ってしまうのだ。

というわけで、

昨日は、作戦会議。

私の医者が言うには、

アルコールのせいで肝臓に影響があり、

脳にはかなり大きなダメージを受けているのは事実で、

本人もそのことを受け入れてはいないが

情報としては知っている。

だから、

脳や肝臓の状態のためには、

少量だって酒は飲まないほうがいいのですね、

と聞いてもいいのではないか、

と、「私は思いますよ」とのこと。

もちろん、そのことで、

家人の機嫌が悪くなるかもしれないが、

しかし、それはきちんと確認しないといけない、

と言う。

癌患者が、

「癌じゃありません」と言ってくれる医者を求めて

あちこちの病院を渡り歩くのと同じで、

否認の病気の患者は、

少しでも自分が安心する話に飛びつくし、

自分のいいように解釈するから、

医者からきちんと宣告してもらうことが必要だという。

それから、やはり、

家族のグループの勉強会に参加してみるよう言われた。

隣の市で、月に一度、

専門家も交えての会合があるのは知っていた。

しかし、

本人が断酒会には全然いく気がないのと同様に、

私も、なんだか二の足、三の足を踏んでいた。

「行けばすぐに解決するものでもないでしょう。

 でも、そこへ行くことで、

 解決までの時間が短くなるかもしれない。

 時間は同じくらいかかっても、

 あなたの気持がきっと楽になると思う。」

はい、わかりました、

と診察室を出て、

待合室に貼ってある

「アルコール依存症家族の勉強会」のお知らせを見たら、

今月の会合は、もう終わっていた。

次回は5月28日。

とりあえず、電話してみるか。

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心の体力

今日は、私の精神科の予約日。

病院に通い始めて、3年になる。

いくつか、気持ちの負担が重なったせいか、

ある日突然、

「もう自分は限界だ。

 これ以上、何か、心の負担になることが起こったら、

 自分はそれに対応していける自信がまったくない。」

ということに気がついた。

なんというか、

自分の心が風船羊羹のようにパンパンで

楊枝でつついたらパンと割れてしまいそう、

という感じだった。

車を運転していて見かけた心療内科に電話をしたら、

3カ月待ちと言われた。

そんなの無理。

病院は、保健所に相談すれば

予約を取りやすい病院を紹介してくれる、

と教えてくれた。

頭では、「じゃ、保健所に電話すればいいだけだ」と考えた。

しかし、受話器をいったん置いた私は、

なぜかその場に座り込んでしまった。

床の上で開かれていた電話帳を前に、

私は膝を抱えて

「どうしよう、どうしよう。」とつぶやいていた。

自分がそんな行動をするなんて

思ってもいなかった。

頭と心は違う、ということ、

そのときようやく気がついた。

何とか気持ちを奮い立たせ、

保健所に電話して

いくつかの病院を教えてもらい、

少し遠いけれど、今の病院に行くことにした。

電話をすると、

「医師は今診察中なので、

  夜に電話をしてください。」と言われ、

夜、再度電話をした。

そうして、私の治療が始まった。

3年たって、私は元気になったのだろうか。

治療を始めたころ、

職場の同僚にそのことを打ち明けると、

「近頃、今までの目の輝きが無くなっていたので

  気になっていた」

と言われた。

今、私の目は、少しは輝いているのだろうか?

年も取った分、元気もなくなったろうし、

いろいろな意味で

自分がバランスよく生きられているとは

まだ思えない。

ああ、でも。

私が事態に対応できる準備ができたから、

家人のアルコール依存症が

白日の下に曝されたのかもしれない。

やっと、難題を乗り切れる心の体力がついてきたからこそ、

今、私たちは

「アルコール依存症」と

向かい合うことになったのかもしれない。

神様は、苦しい時しか頼みにしないけれど、

なんとなく、これは「天の声」なのかも。

そんな気がしてきた。

そうか、まだまだ序の口か。

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理解する

スティーブン・R・コーヴィー

『7つの習慣―成功には原則があった!』

なんとなく、自己啓発書、という感じで敬遠してきたが、

いつもいつも本屋で平積みで売っているので、

Amazonの古本で購入した。

自分の人生の本当の成功を考えるなんて、

日本では、アンパンマンの歌にだってある。

♪何が君の幸せ、何を見て喜ぶ、

 わからないまま終わる

 そんなのは嫌だ♪

だから、

特に感銘を受けるほどの内容でもないとも思うけれど、

確かに、ちょっと今の自分を振り返ってみようか、

という気にもさせられる。

その中の一つが、「理解してから理解される」

ということ。

「話をしているとき、ほとんどの人は

 理解しようとして聞いているのではなく、

 答えようとして聞いているのだ。

 話しているか、

 話す準備をしているか、

 二つにひとつである。」

自分に確かにそういうところがある。

油断していると、

人の話を聞いていたはずなのに、

いつの間にか自分に引き付けた話をしてしまう。

あるいは、

ついつい、コメントやアドバイスをしてしまう。

自分の話を、

誠意なく聞き流されて、

適当なコメントされるのは

大嫌いなくせに。

自分は、瞬く間に、

気の利いたコメントを思いつけるんだ、

と言いたいのかしら?

と、我ながらいやになる。

著者が勧める

「感情移入」して人の話を聞く、

ということは、

少なくともアル中相手には

私はできない気がする。

それでも、

もう少し「理解」する努力をしてみよう。

少なくとも、

アルコール依存症という病気について

もう少し、理解しようと思う。

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One True Thing ~母の眠り

ネットのレンタルになくて、

家の近所のレンタルビデオ屋にあったので、

『レッドクリフ』と一緒に借りた。

『レッドクリフ』は新作なのですぐに返したが、

これは、やっと時間ができて見られた。

がん末期の母と

その母より父を尊敬する娘が

母の世話をするために仕事を犠牲にして

帰郷して・・

という様子が、

何かの取り調べの場面をはさみながら

描かれている。

母親の死因がモルヒネの大量摂取によるものだったから、

というのがあとのほうになってわかる。

誰かが、大量に投与したのか、それとも・・

その真相は、結局、映像としては描かれていない。

母の生き方に反発する娘、

偉大なる父、

息子の静かな反抗、

娘が抱いていた父の偶像の崩壊、

家庭を守ってきた母の女性としての強さ、

特に目新しい題材ではないけれど、

ドロドロでもメソメソでもなくて

やはり、メリル・ストリープは

一人の女性の人生をを映像の中に

描き出した、という感じ。

母が娘に

「なくしたものについて泣くより、

 今持っているものに喜びを感じなさい」

といった意味の言葉があり、

いい年をして、自分が言われたようで、

しみじみ、そうだなぁ、と思った。

天童荒太の『悼む人』の

酒築巡子をふと思い出した。

ケイトと巡子、

家族が抱えた問題も

人生の最後に選んだ選択肢も違うけれど、

末期がんの、気丈な母、

という点では共通している。

メリル・ストリープが

「本が好きだったから、

 映画化すると聞いて、

 すぐエージェントに問い合わせてもらった」

と言っている映像を見つけた。

そうか、原作があるのか、と

ネットで注文。

英語のお勉強、と自分に言い聞かせているけれど、

単に、メリル・ストリープが読んだものを

読みたいだけ。

我ながら、ばっかみたい。

尋常でない量の本が、

どんどん溜まってきているのに・・

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病院

今日は、家人とともに精神科へ。

この春、これまでの医者は

出身大学の病院(といってもすぐ近く)にご栄転、

別の医者の初回であった。

前の医者は、

かなり慎重にこちらの様子をうかがう感じだったが、

今度の医者は、ちょっと違ったタイプかも。

特にこれまでの話を確認するとかはしないで、

現状だけを聞いた。

医者「それで、最近、調子はどうですか?」

家人「特に、悪くはないです。」

医者「お酒はどうですか?」

家人「?」(聞き取れなかった様子)

医者「お酒は飲んでいますか?」

家人「ええ、まあ。」

医者「飲んでいるんですか。

   (私に)量は どのくらい?」

私 「体の様子などを見ると、

   こっそり飲んでいるんだろうとは思っていましたが、

   私の前では飲まないので、

   量はわかりません。」

医者(家人に)「どのぐらいですか?」

家人「焼酎、一合ぐらいです。」

なんてやりとり。

で、結局、「お酒は減らしましょう。」

「薬も減らしましょう。」てな話になりました。

どうなんでしょう?あの先生。

前の医者は、

私がかかっている精神科の医者によれば、

それなりに評価が高かったらしいのだが・・

患者も医者も

相手の様子見というところか。

それにしても、

私の前で、医者に「飲んでます」と言った家人、

どんな心持だったんだろう。

私が「飲んでいるだろうとは思っていました。」と言った時、

微妙な顔をしていた。

私もずいぶん根性が悪いのかもしれない。

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三国志

家人は、テレビの『レッドクリフⅡ』が気になる模様。

私としては、

「赤壁の戦い」はやはり「せきへき」、

「red cliff」じゃ、「cliffhanger」みたいな気がしてきちゃう。

まぁ、それでも、映画を見に行くために、

パートⅠ、

テレビでもやっていたけれど、

DVDを借りてみた。

私は字幕スーパーで観たかったのだが、

家人は「字幕が読めない」と言うので、

吹き替えで観た。

「字幕が読めない」というのは、

家のテレビの画面では

字が小さい、ということか?

どんだけ視力が悪いんだか。

もともと5時間を超す作品を

二つに分けたということだけれど、

前半と後半にそれぞれ山場がある作り、

梁朝偉 トニー・レオンの初登場の場面の

もったいつけた感じ、

アクションの京劇っぽい雰囲気、

娯楽映画としていい感じ。

しかし、私にとって『三国志』は

やはり、昔テレビでやっていた

人形劇の『三国志』。

川本喜八郎の人形も素敵だったし、

曹操の岡本信人の声が

ほんとに憎ったらしかった。

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ご注進

昨日の懇親会、

家人とは全く関係ない集まりだったけれど、

狭い世間、

家人の職場の人もいた。

会も終わりに近づいたころ、

その知人がやってきて、

「この頃、職場でろれつが回らないことがある。

 明らかに飲んどるね。」

「たぶん、そうだと思いますよ。

 私の前では飲まないから、

 よくは知らないけど。」

「もう少し、脅かさないといけなかな。」

「・・・・」

家人のことを心配してくれている、

ということは

よくわかっている。

でも、

「飲んでいるみたいだ」とか

「どこそこで、焼酎を買っていた目撃証言がある」など

いちいち言わんでほしいし、

飲んでいるからと言って、

これ以上脅かしてどうなると、

思っているんだろう。

脅かされて、酒をやめるくらいなら、

もうやめているだろう。

だいたい、人と人の関係で、

相手を脅かして

その行為を改めさせる、なんてことが可能だ、

と思う発想が

なんだか違うような気がする。

ご心配は、ほんとうにありがたい。

けれども、どう考えたって、

家人の飲酒を止められるのは、

家人本人しかないんです。

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こけた (>_<)

お義理で出席の懇親会、

会場に着いたのは始まりぎりぎりの時間。

建物入り口の宴会案内の看板を確認しながら

入口に近づいていたら、

足元の段差に気がつかず、

けっつまずき

両手をついて倒れこんだ。

ちょうど、おでこの位置に

ガラス戸あり annoy

かなり痛かったけれど、

目から星は出なかった。

膝には泥おとしマットの感触、

おでこはビリビリ。

ウーロン茶のグラスでおでこを冷やしながら

せっせと食べました。

帰りに見たら、

ガラス戸の下のところ、

一部汚れていた。

今のところ、おでこも腫れず、

特にめまいもなし。

頭の中の豆腐、砕けてませんように。

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断酒するって

アルコール依存症の人間にとって、

「もう酒を飲むな」と言われるのって、

どんな気分なんだろう。

たとえば、今、もし私が

「メリル・ストリープの映画もDVDも観てはいけないし、

 YouTubeで、メリル・ストリープを観るのもダメ。」

と言われたら、

すごく頭にくるし、

そんな生活考えられない、

と思うだろう。

今の私は、毎日、

メリル・ストリープの姿に元気もらって

なんとか凌いでいるのに、

どうしてそれを禁じられなきゃいけないんだ、

と思うだろう。

寝る時間や

晩御飯の支度にかかるのが遅くなったりしても、

誰に迷惑をかけているわけてないし、

と思うだろう。

ん~、でもこれが嵩じて、

たとえば仕事に遅刻してしまうとか、

大事なメールを書き忘れてしまえば、

まずいかもしれない。

睡眠不足が重なって、

体調を崩しても、よろしくないかも。

でも、そうならないように気をつけているし、

体調崩してまで、

YouTube見ていたりはしないだろう、

と思う。

アルコール依存は、

どうして「ただの酒飲み」じゃなくなっちゃったんだろう。

どうして、自分の前頭葉が縮んじゃってること、

写真で見ているのに、

受け入れないんだろう。

それが、病気だ、

といわれれば、

そうなんだろうけど。

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体は正直

Your body never tells a lie.

この英作文が正しいかどうかわからないけれど、

家人を見るたび、私の心に

この文が浮かんでくる。

●顔が、ややうつろ。

⇒あ、やや離脱症状か

●ところどころに、治りかけたはずの乾癬の

皮膚のかさぶたが見つかる

⇒飲まなければ、乾癬もおさまはるはずなのに

●いびきをかいて寝る

⇒ばればれだよ

●普通の会話をする

⇒飲まないと、私と話もしないよね

●体からふっとアルコールが分解されていく時の

においがする

⇒おいおい、それは飲みすぎだよ

と、こんなこと、

いちいち気にする自分が情けない

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ピンチはチャンス?

前出の本には、以下の法則もある。

●「家族の回復のための4つの法則」

 1) アルコール依存症を肯定しよう

 2) 不信感を克服しよう

 3) 相手の領域に立ち入らないようにしよう

 4) 期待をかけよう

3)の「相手の領域に立ち入らないようにしよう」は

かろうじてできる、と思う。

でも、量は少なくても、

隠れて酒を飲んでいる家人を

どうしたら「肯定」できるんだろう。

どうしたら、信じることができるんだろう。

私自身が試されているのか。

でも、相手は、どうしたいんだろう?

それがぜんぜんわからないのが

しんどい。

「飲んだんだな」とわかったときの、

自分の気持ちが踏みにじられたような感覚。

それでも、期待をかけるべきなのか。

「他人は変えられない。

 変えられるのは自分だけ。」と

さんざん本には書いてある。

何が自分を大切にすることなのだろう。

家人と一緒の人生を降りることを念頭に置いて

努力するのが、

今の自分には一番気が楽かも。

でも、きっと、違う見方ができるのなら、

人生をもっと充実させるチャンス、

なんだろうな。

それが、実感できないのが、

非常に残念。

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砂上の楼閣

森岡洋著『アルコール依存症 家族に贈る「回復の法則」25』には、

「あなた自身の回復のための5つの法則」というのもある。

 1) 正しい知識を身につけよう

 2) 仲間をつくろう

 3) 自分をよくすることに集中しよう

 4) 徹底してやってみよう

 5) いちばん大切なことから始めよう

言われていることは、わかる。

だが、

家人がアルコール依存症だと

はっきりわかったことで、

自分を支えてきた生活の根幹が

揺らいでしまったのは確かだ。

何をしても、心もとない。

今まで築いてきた日々が、

砂上の楼閣、みたいな気がしてしまう。

もちろん、家人のアルコール依存が

はっきりそうだとわからなくても、

というかその疑惑を認めていなくても

認めざるをえなくなっても、

家人がアルコール依存症だ、

という事実にかわりはないのに。

今は、なんだか

ぎくしゃくして暮らしている。

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貼り紙

●アルコール依存症を知るための8っつの法則

 1) 飲酒をコントロールできない病気です

 2) アルコールが切れてくると、離脱症状が出ます

 3) 慢性、進行性で死にいたる病です

 4) 精神的、身体的、社会的な合併症を起こします

 5) 回復の基本は完全断酒です

 6) 一人ではやめられません

 7) 自分の問題を認められない病気です

 8) 性格の問題ではありません

森岡洋著『アルコール依存症 家族に贈る「回復の法則」25』より

私自身の理解のために、

これをプリントアウトして、

2階のトイレのドアに貼っておいた。

ある日見ると、

一緒に貼ってあった「心肺蘇生法」の貼り紙が

床に落ちていた。

そして、↑の貼り紙がない。

ごみ箱をのぞいても、ない。

もう1枚プリントアウトして

また貼り付けた。

その晩には、またはがされて、

今度はごみ箱に入っていた。

やはり、嫌味になってしまうのかしら?

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The Deer Hunter

しんどいかなぁ、と思いつつ、観ました、『ディアハンター』。

ロシアンルーレットのシーンは、

映画館で見たらかなり辛かっただろうと思うけど、

家の中なので、適当にむごさを薄めながら観た。

なんとなくしちめんどくさい話なのかと思っていたけど、

ベトナム戦争時代の、

いわゆる、青春群像、みたいなものなんだ、

と言うのが正直な感想。

ベトナム戦争を知らない世代の

ベトナム人に会ったことがあるからか、

ロバート・デ・ニーロも

メリル・ストリープも年取っている姿を見ているからか、

そういう時代もあったということか、

という気分で観てしまった。

ただ、実のところ、

舞台の一つ、ペンシルベニアのクレアトン、

という土地に対して、

なんのイメージも持てないので、

この映画を見る上で、

何か大事な要素がわからずにいるのでは、

という気もする。

たとえば、『おくりびと』の舞台は山形、

実のところ、山形には行ったことがないのだけれど、

それでも東京とは違う時間が流れ、

寒いところ、というイメージがあって、

それが画面の風景でより深められる気がする。

でも、クレアトンのことは何も知らない。

ペンシルベニアって名前は知っているけど、

どんなところかわからない。

観ていれば、登場人物たちが

製鉄工場で働いているから、

工業の街なんだろうとか思うし、

「鹿狩りに行こう」って、気軽に鹿狩りに行けるんだから、

ある意味田舎なんだと思うし、

教会の形やダンスから、

彼らがロシア系の人たちだ、

ということもわかるけれど、

じゃあ、アメリカ社会で、

ベトナム戦争の時代に、

ロシア系の人たちがどう考えられていたか、

とか全然わからない。

ロシア系の人たちにロシアンルーレット、

というのは、

なにかつながりがあるのだろうか?

もちろん、そうしたバックグラウンドを抜いても

一つの時代の孤独を抱えて生きている若者たち、

を描いている映画として

見ごたえはあった。

でも、

アメリカ人だったら当然感じただろうことについても、

わかることができればいいのに、と思った。

メリル・ストリープは、はかなそうだけど

芯が強くて、きれい。

そして、若いころの彼女の顔を見るたびに思うのだけれど、

皺がふえた彼女の顔は

なお素敵。

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『しゃべれども、しゃべれども』

ネットで借りるDVD、

『ディアハンター』と一緒に届いたのが、

国分くんの『しゃべれども、しゃべれども』

落語家の話。

落語家と言えば、

去年の今頃は、『ちりとてちん』が終わってしまって、

虚脱状態だった。

かなり、『ちりとてちん』に入れ込んで、

サウンドトラックを買い、DVDもネットで借りていたのに、

全部見ないうちに、去年の暮れぐらいに、

ふっと卒業してしまった。

『ちりとてちん』は上方落語、

『しゃべれども、しゃべれども』は江戸落語、

共通点は、松重豊が出演しているところ?

なかなか芽の出なかった国分くん演じる「今昔亭三つ葉」が、

一門会で『火焔太鼓』演ずるところが、やはり見せ場か。

でも、実のところ、国分くんの落語より、

国分くんが、香里奈演ずるトガワと

ほおずき市に行って、

お蕎麦食べる場面のほうが感心してしまった。

テレビ番組で、いつも国分くんのお箸の持ち方が気になっていたから、

いちおう、ちゃんとお箸が持てているのにびっくり。

重たくもなく、軽すぎもせず、

疲れた時に見るには悪くない映画でした。

上方落語として、

枝雀師匠の『饅頭怖い』のビデオが出た時は、

「ああ、この人、ウツ病で自殺しちゃったんだよなぁ。」と

ふと悲しくなったけど。

このビデオを見て、

上方版の『饅頭怖い』を覚えた、

という役どころの男の子も

頑張ったね、という感じでした。

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先日、めでたく(?)、家人が定年の日を迎えた。

とはいえ、翌日から、同じ職場に再雇用されているので、

生活にさほどの変化はない。

けれども、一応の区切り、

近頃家人は、散歩によく行くので、

少しかっこいいバッグでお出かけしてもらいたいと思い、

ネットで見つけたオイルヌメのバッグ、

娘にもネットで確認してもらって、

3週間前に購入しておいた。

ところが、家人は、

「お疲れ様!」と渡しても、

特にうれしそうな顔もせず、

「ありがとう」も言わない down

おまけに、何日もそのへんに放置して、

私としては、大変微妙であった。

何しろ、同じ日に、私の妹から届いた

スヌーピーの祝電のスヌーピーは、

自分の部屋にさっさと飾ってしまったのだから。

そして、今日、

「今まで仕事で使っていたかばんの中身を移そうとしたが、

 あれは、使いにくい。

 どうしてこちらの希望も聞かずに買ったんだ。」と

文句を言ってきた。

「散歩用」だというと、

散歩はウエストバッグのほうがいい、

と譲らない。

汗っかきが、ハンドタオル詰め込んだウエストバッグ、

メタボ腹にしているのは、

かっこよくないんだけどな。

頭に来たので、しばらく不貞寝してから、

自分の気持ちを伝えてみた。

●「お気に召さなかったのは残念だ」

●「しかし、プレゼントしたのに、

  儀礼的でも何の言葉もなかったのは失礼だと思う」

すると、

「なぜもらったのかわからないのだから、

 反応のしようがない。」

と言う。

「『退職おめでとう。 お疲れ様』って言ったじゃない。」

と言ったら、

ようやく、贈り物の意味がわかったらしい。

「悪かった。」と言ったが、結局「ありがとう」はなし。

ああ、バッグを渡したとき、ひょっとして、

状況理解するだけの頭の働きがなかったのか・・・

こっそり、飲んだりしているからだ。

バカタレ impact

もう返品できるかどうかわからないし、

素敵なショルダーバッグだから、

私が代わりに使ってしまおう。

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負の連鎖

知り試合の女性が、仕事を辞めた。

詳しいことは知らないのだが、ご主人がご病気なうえ、

彼女のご両親も介護が必要、

そのうえ、思春期の子どもさんまで心の病になり、

彼女自身も、ウツ病になって、休職していた。

本人としても、ぜひ職場復帰したかったようなのだが、

職場環境もよくないらしく、

結局退職に。

私の友人に、彼女から手紙があって、

手紙を読んだ友人は、その重さに

椅子から立ち上がれなくなってしまったそうだ。

せめて、今度いっしょにお茶に誘ってみよう。

私自身、

負の連鎖は、きっと断ち切れるって

信じる気持を持っていられるか

自信がなくなることがあるけれど、

なんとか踏みとどまりたい。

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さくら?

さくら
ご近所のお宅の桜、
写真に撮らせていただきました。

幹を見ると桜なんだけど、なんて種類なんだろう。

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呆けてます

仕事もあるのだから、早く寝なくてはいけないのだが、

今日も、メリル・ストリープ

さすがに、落ち着いてDVDを観る時間が取れないので、

YouTubeでお茶を濁している。

それにしても、世の中に

なんとメリルのファンの多いことか。

YouTubeで見ていると、

Meryl Streepがらみの画像が次々出てくる。

写真のクリップだけで、すごく素敵なものもあるし、

ラブシーンばかり集めているものもある。

ラブシーン、激しいものもあるけれど、

日本で若手の女優があんな場面を撮ったら

「○○、体当たりの演技」とかいうことになるんだろうな。

でも、メリル・ストリープのすごいところは、

取り立てられるのが

ラブシーンだけではない、

というところなんだと思う。

ラブシーンも、映画の中の女性の人生の一部、

という感じ。

そして、アメリカなどのいろいろな番組での

メリル・ストリープの表情の柔らかさ。

幸せに育った才能恵まれる人が

努力を惜しまず、人生を重ねている、という印象。

同じ年齢の女優は

日本にもたくさんいる。

なにしろ、団塊の世代、1949年生まれだから。

いわゆる「アラ還」。

でも、さすがにいませんね、

あんな素敵な印象を与える人は。

『マンマ・ミーヤ!』の紹介で、

「59歳とは思えない」云々あるけれど、

あれは、ちょっと違うと思う。

映画が撮影されたのは、2007年のようだから、

正確にいえば、

スクリーンの中のメリルは58歳になるんだと思う。

もちろん、58歳にしても

ステキですけど。

『クレイマー・クレイマー』も見直さなくちゃ。

この人を、同時代の女優として

映画を楽しめることが

ものすごい幸せだと思う今日この頃。

完全に、メリルボケ heart

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往年(?)の「実力派」歌手

新年度、テレビは拡大枠の特別番組だらけ、

先日は、

歌詞を見ないでカラオケ全部歌えたら、どうたら、

という番組をやっていた。

家人はほとんどカラオケに行かないのに、

なぜかしばらく見ていた。

すると、『私鉄沿線』のご本人登場、

というわけで野口五郎が出てきて歌ったのだが、

ん~、どうなんでしょう。

私としては、「五郎のファンでなくてよかった。」

と思ってしまった。

50を過ぎたんだから、

若いころ出た高音が出ないのは仕方がないのかもしれない。

でもなぁ。

人生重ねて、歌がよくなってもいいんじゃないのかなぁ。

少なくともプロの歌手なんだからさ。

『懐かしの歌謡曲』に出ているご老人じゃないんだからさ。

そのあと登場した欧陽菲菲も、私はちょっとがっかりした。

私は淡谷のり子という人を

おばあさんになった状態でしか知らないけれど、

なんというか、もっと歌い手としての矜持があった気がする。

少なくとも、今の私は、

今の野口五郎の歌や

今の欧陽菲菲の歌を聞いてもしみじみしないなぁ。

歌手ではない、メリルストリープの

"Slipping Through My Fingers"や

"The Winner Takes It All"を聞いて

毎日しみじみしているというのに。

メリル・ストリープははじめは歌手になりたくて

ボイストレーニングしていたそうだけれど、

それにしても

現役の本職が自分の持ち歌で

勝負できないなんて

おかしな話。

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